第2話 氷と炎って共存できないよね

「だから、新しい海外鯖がチーターばっかでマジやばいんだって」


 成長を見越して買った制服の袖が、少し短く感じる春の放課後。


「ふーん、で? 話って、それだけ?」


 追試というひと山を越え始業式を終えたばかりだというのに、二年A組の教室にはどこか秋のような、もの悲しい空気が漂っている。


「で? ってお前な、そんなドライな突き放し方はないんじゃないの……?」


 いや、正確には――俺が漂わせている。原因はもちろん、目の前のこの女。


「はぁ。……『放課後話がある』っていうから、何か真面目な話かと思えば」

「いや、真面目だっての。ここまで熱弁して、まだピンと来ないのかよ」

「ええ。さっぱり」 

「ならわかるように言ってやる。俺と一緒にチーターを狩ろうって勧誘だ。海外キッズキラー、トラップベースの女王、『Lost』の氷姫と呼ばれたお前の力を――」


「シャラァァァ~プッ!!!」

「わっ急に吠えるなよ。ラリってんのかと思うだろ」


 真夜中にこっそり注射器を大量生産アホほどクラフトしてる女の怒声に、教室の温度が一瞬にして下がる。

 掃除当番のひとも手止めちゃってるし。


「私は正常。頭がおかしいのは、そっち」

「そうか? 俺はお前が冷たいものでもやってんじゃないかと」


 お前の拠点のパスコード割れてるんだぜ。


「黙れ。これ以上くだらない話をするなら、記録媒体ごと脳を焼くわよ」


「やれやれ。……、ねぇ」

「何よ」

「いや、普通の女子高生は日常会話でシャラップなんてまず使わないと思ってさ。俺が普通を語るのもおこがましいけど、せめて言語くらい統一したらどうだ?」

「……っ」


「なあ橘、お前の『Lost』脳は永遠に不滅なんだよ」


 英語を習得した理由が海外キッズを煽りたいからって女、冷静に考えて終わってる。

 しかし、悲しいかな、何をとち狂ったのか神さまはこいつに抜群の容姿を授けた。


 艶のあるロングの黒髪に、白カチューシャ。化粧水のCMかってくらい透き通った肌に、遺憾にも騙された男は数知れず。

 だが、そのことごとくを、『ファーム効率が落ちる』という理由でフッた、冷酷非情な廃ゲーマー。


 その正体は、登録者数五〇万人超えのVTuber、柑橘かんきつライムの中の人。

 二年C組の終末系ヤマトナデシコ――こと、たちばな白雪しらゆき


「わかるよ。お前は今やVの顔だし、話題の新作プレイした方が再生数が伸びるってことも。でもさ、灯台でクリスチャンに調子こかれて今日食う飯がうまいのか? えぇ?」


 日本人がなめられている。今の『Lost』はそんな状況だ。


「Oh God!!(おお神よ!)とか抜かす連中に負けてられないよな」


 橘のこめかみに、ピキッと青筋が浮かぶ。


「ははん、やっぱりムカつくんだろ。さ、目覚めたのなら俺と一緒に」

「黙れ黙れ黙れ! どうして、人の感情を秒単位で逆なでするわけ⁉」


 えー……俺なんか癇に障ること、言った?


「あなたはただ、『Lost』の布教活動をしたいだけでしょうが。このロス教信者」


 橘がふんっと鼻を鳴らす。その声色には、妙な棘が混じっていた。


九割分厘きゅわりぶりんそうだが、残り一厘は純粋にお前と海外鯖で暴れ回りたいと思ってる」

「……ほぼ百パー、私の数字が目当てなんじゃない」

「お前の配信が好きなんだ」


 あくまで『Lost』限定だけど。


「ふんっ、直球なら私を口説き落とせるとでも?」

「深読みはカラダに毒だぞ」


 特に寝不足の日は。

 深夜三時に『ログ漁り中』のアカ名で起きてんの、バレバレだからな。


「はぁ。大体ねぇ、なんであなたのために過疎ゲーの配信をしますって、いちいち事務所に許可を取らなきゃならないのよ。私と事務所と、私のファンに、少しは申し訳ないとは思わないわけ?」


「ご、ごもっともで」


 橘は完全に眉間にしわを寄せて、ガチのしかめっ面。

 こうも分厚いバリアを張られると、流石に諦めの二文字がちらつく。

 つまりは、試合終りょ――――


「諦めたらそこで試合終了だぜ、ロキ」

「「⁉」」


 ――――う、とはならず。

 間一髪のところで、先生! と叫びたくなる……明朗な女声じょせいが俺と橘の間に割って入る。


 ……てか、誰だよロキ。


「ロキ言うな。しきだ。小学生から言ってるぞ、人の名前を間違えるなって」

「細けーな。あたしも昔からロキって呼んでんだし、もうロキでいーだろ?」


 よくない、お前は油屋ゆやの老婆か。


 俺のプロフィールはこうだ。


 京都府立洛宝高等学校二年A組。

 神室かむろ四季しき(北欧神話の神ではない)。

 が、『Lost』ではロケット発射場(マップ北)辺りによく拠点を建てる。


「ところで千夏お前、どうしてA組に?」


 隣の教室で待機してるようディスコしたはずだが。


「おせーから呼びにきた。つーか、姫も誘ってたのな」

「姫言うな。私も驚いたわ。まさか愛宕あたごさんにも声をかけてたなんて」

「いや、昨日LINEしたぞ。風化してたグループに」


 既読がつかないから、個々でディスコにも時間と場所を指定しといたが。


「あたしがディスコしか見ねーの知ってんだろ」

「同感ね。黄緑なんてここ数週間開いてないわ」


 ……君たち、事務所とはどうやって連絡取ってるの?


「んで、話ってのは? まさか、姫に熱弁してた話じゃねーよな。諦めたら試合終了とはゆったけどさ、つまんねー内容ならあたしの右手が真っ赤に燃えるぜ!」


「そのまさかだ。轟き叫ぶ間もなく勝利を掴んだな。ブイ」

「ばぁぁぁく熱ゴッドフィンガーキラーッ!」

「あぎゃぁぁぁッ」


 勝利のVサイン(人差し指と中指)をあらぬ方向に曲げられた。


「……お前なぁ」

「わりーわりー、イラッとして、つい」

「ついでマウスが弾けない右手になってたまるか!」

「わ、悪かったよ。焼きそばパンはチャラでいーから、許せ」


 とまあ、例の如く男勝りな性格ゆえに同性にも人気がある熱血娘ねっけつかん

 茶髪のポニテにピアス。笑うと、チロリと覗く八重歯。ブレザーのポッケに常時両手をインしてるツッパリ風。


 二年B組のスケバン系ボーイッシュ女子――こと、愛宕あたご千夏ちなつ


「でも、ロキにも非があると思うぜ」

「非? 指を折られそうになる非ってなんだよ」

「元天才プロゲーマーのあたしを広告代わりにしよーとしたろ?」

「自分のことを天才って、ちょっとイタイぞ、お前」


流派りゅうは東方とうほう不敗ふはい最終さいしゅう奥義おうぎ――石破せきは

「お前のソレはただの掌底だ! 二重の意味でイタイからやめろ」


 と、冷やかしてみたものの――千夏の天賦の才は、掛け値なし。

 なにせこの女、小六(史上最年少)でプロになり、中二で賞金総額十億円の大会を制した、業界ではもはや童話クラスの怪物。


 現在は顔出しストリーマーに転向しており、登録者数は四〇万超え。

 人気の理由は、その圧倒的な実力とモデル級の顔面偏差値、後はそうだな……タンクトップ越しに揺れる乳、とか? 


 ぱい。


「ちぇっイタくて悪かったな。焼きそばパンもねーしもう帰ろっかなあたし」

「奢る奢る」

「さっきは指曲げようとしてごめんな」

「あれ、痛みがひいたぞ。さ、『Lost』の話をしよう」


「……お前にはプライドってもんがねーのか、ロキ」

「プライドで『Lost』の過疎を食い止められるのか?」


 ブレザーから右手を引き抜いた千夏はぽりぽり、観念したようにうなじを掻く。


「……ったく、その潔さは嫌いじゃねーけどさ」

「けど、なんだよ」

「話の流れから察するに、あたしは姫にフラれた時のベンチ要員ってことだろ?」

「逆説的にお前にフラれるかもだから橘にも声をかけたって説が浮上するだろ?」

「ん? あー、まー……そーか?」

「そうそう」

「なら、回復要員みたいな雑な扱いすんなよな」

「しないしない。てか、してないしてない」

「街中でシャウトして捕まえられるレベルじゃねーんだぞ、あたしは」


 MMOで例えるなよ。

 てか、心優しきカンストはシャウトの反応率高いからな。


「ふーん、てことは私がベンチ要員だったわけ?」


 と、ここにきて、沈黙を徹していた橘が口を挟む。


「いやだから、俺はお前ら二人に」

「わりーな、姫。あたし、ロキとは付き合いが長いから」


「たった二年の差でしょ?」

「二年はけっこーな差だぜ」

「プロゲーマー時代の愛宕さんはこの男の横にいなかったわよね」

「まーそうだけど、あん時は大会だなんだで、忙しかったからな」


「つまり引き算で考えるなら、私の方が付き合いが長いってことになるわよね」

「付き合いの長さってのは、足し算だろ⁉ 空白の三年作ろーとすんなよな!」


「お、おい……お前ら、落ち着けよ。恥ずかしいだろ」


 なんかもう、周囲の関わりたくない感がすごい。

 掃除を終えた生徒たちも無言でさささと帰り支度をしている。


 一人、マイペースな女子もいるが。

 あいつは確か、藤咲だっけか。

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