第2話 倉庫でラブコメ2
「ラブコメ展開キターーーー!!!!」
「……へ?」
体育倉庫に閉じ込められてから小刻みにプルプルと震え始めた小松さんを見て、てっきり閉じ込められたことに対して怯えているのかと思っていたが、小松さんは怯えるどころか満面の笑みで大声を発した。
この様子を見るに、小松さんはどうやら閉じ込められたことに怯えていたわけではないらしい。
というか、今小松さん、『ラブコメ展開キターーーー!!!!』って言ったよな?
あの小松さんの口から『ラブコメ』という言葉が発せられるだけでも驚きなのに、『キターーーー!!!!』ってもうそれ反応が完全にオタクなんだが?
「男女二人で体育倉庫に体育用具を片付けに行ったら外から鍵を閉められて抜け出せなくなって図られたように上の方に設置された窓から抜け出そうと主人公がヒロインを肩車してバランスを崩して主人公がヒロインの上に乗りかかる状況になったり薄暗い空間でバランスを崩して主人公がヒロインを押し倒しちゃったりする展開でしょこれ!! こんなのテンション上がらずにいられないんですけど!!」
饒舌に息継ぎなしで話すその姿はまさしくオタクといった感じで、普段の小松さんからは想像できるはずもなく僕は動揺を隠すことができない。
「えっ、ちょっ、小松さん? 何を言って--」
「いやだから、男女二人で体育倉庫に体育用具を片付けに行ったら外から鍵を閉められて抜け出せなくなって図られたように上の方に設置された窓から抜け出そうと主人公がヒロインを肩車してバランスを崩して主人公がヒロインの上に乗りかかる状況になったり薄暗い空間でバランスを崩して主人公がヒロインを押し倒しちゃったりする展開でしょこれって言ってんの!!」
いや、『言ってんの!!』って言われても、全く同じ長文を繰り返されただけなんだが……。
小松さんの口から『ラブコメ』という言葉が発せられたことだけでも驚きなのに、まさか小松さんがこれほどまでの熱量をラブコメに向けているとは思いもしなかった。
このラブコメに対する熱量を見るに、もしかして小松さんって……。
「……小松さんってラブコメ好きなの?」
「そりゃもちろん大好きに決まってるよ!! ラブコメを愛してはや五年、ようやく巡ってきたラブコメ展開なんだよ!? もうテンション上がらずにはいられな……あっ」
小松さんは口を押さえて、やらかした、といった様子を見せている。
「……別に? そんなに興味ないけど」
「いや無理があるわ!」
「あーもうやっちゃったぁ! せっかくこれまで必死になってラブコメが好きだってことは黙って生きてきたのにぃぃぃぃ!」
必死に隠してきたにしては饒舌すぎたけどな。
いや、隠してきたからこそ、溢れ出した想いを止めることができなかったのか。
「さっき高橋くんにバランス崩して支えられたときも『キャァァァァ何このラブコメ展開はっ!? こんなことが現実であっていいの!? あっていいのぉぉぉぉ!?』って思ってたけどなんとか耐えたんだよ……。自分を抑えて耐え抜いたんだよ……。それなのに、それなのに……。いやぁ……まさか畳み掛けるようにラブコメ展開が襲いかかってくるとは思ってなかったなぁ……」
ああ、なるほど。だからバランスを崩して僕に支えられたときの反応に違和感があったのか。
哀れに悲しむ小松さんを見た僕は「……心中お察しします」と言葉にすることしかできなかった。
というか、ラブコメ展開になれば相手が僕みたいな陰キャでも構わないのね。普通は相手が陽キャでイケメンじゃないと成り立たないと思うんだけど。
--もしかして小松さんって僕のことが好きだったりする!?
「それも同じクラスの高橋君にバレるなんて……。いや、まあ同じクラスとは言ってもほとんど関わり無い無関係な人だからまだいいんだけどさ……。関係の深い人よりも無関係の人にバレた方が傷は浅いし」
あっ、はい、わかってました。
そうですよね、そりゃ小松さんみたいな陽キャが僕みたいな陰キャのこと好きになったりするはずないですよねはい。
小松さんは浅い傷で済んだかもしれないけど、僕はまさに今心に深い傷を負いました。
……まあ無関係なのは事実なのでこれ以上気にするのはやめておこう。
それにしても小松さんがラブコメ好きってのは意外すぎるな。
最近世間の風潮が変化しており、アニメや漫画のことが好きな陽キャも増加しているが、まだまだラブコメを好きな人種といえば陰キャが多く、僕はこれまでの人生でラブコメが好きな陽キャを見たことがない。
となれば、陽キャグループの中でラブコメの話をすれば浮いてしまうのは間違い無いので、小松さんはこれまで自分がラブコメ好きであることをひた隠しにしてきたのだろう。
それなのに、ラブコメ好きであることが僕にバレてしまった。
噂は光の速さで広まる。
いくら無関係とはいえ、僕が誰かに小松さんがラブコメ好きであることを広めてしまえば、その噂は翌日には校内全体に広がっているといっても過言ではないだろう。
そうなることを理解しているからこそ、小松さんは今、僕の目の前でショックを隠せないでいるのだ。
これまでひた隠しにしてきた小松さんの努力が水の泡になるなんてあってはいけない。あるべきではない。
同じラブコメ好きとして、これまでの小松さんの努力を無かったことになんてさせるもんか。
「……あの、信じてもらえないかもしれないけど、小松さんがラブコメ好きってことは絶対に誰にも言わないから安心してほしい」
「……え? ほんと?」
小松さんは目に涙を浮かべながら、あまりにも可愛すぎる表情で僕を見つめてきた。
「もちろん。自分で言うのもあれだけど、僕は小松さんが言いふらしてほしくないことを言いふらしてほくそ笑むような悪趣味な人間じゃないから」
カッコつけるつもりなんて全くなくて、ただ自分の秘密が広まるかもしれないと不安に思っている小松さんを安心させたいという一心で、僕の口からは僕らしくないセリフが飛び出していた。
気恥ずかしさもあるが、これで小松さんが安心できると思えば安いもん--」
「--そっ。ならもう猫かぶってる必要もないね」
「……え?」
僕の言葉を聞いた小松さんは驚くべき速度で気持ちを切り替えた。
「私がラブコメ好きだって言いふらさないんでしょ? ならもう本当の自分を隠す必要なんてないよね?」
「まっ、まあそうだけど……」
「ねぇねぇ、せっかく閉じ込められたんだからさ、ちょっと私のこと押し倒してみてよ」
「……は? 何言ってんの?」
思わず本音が口に出ていた。
いやほんと何言ってんのこの人。
「いやだから、私のことそのマットの上で押し倒してって言ってんの」
「いやそれはわかってるけどさ、自分が何言ってるかわかってんの?」
「そりゃわかってるよ。だからさ、ほら、早く押し倒そ?」
何もわかってねぇなこいつ……。
いくら自分がラブコメを愛していてラブコメ展開を味わいたいとは言っても、好きでもない男に押し倒されたって何も興奮しないだろ……。
「ラブコメでの体育倉庫押し倒しは多少なりとも恋愛感情があった上で不可抗力で起きるからいいのであって、仮に僕が意図的に小松さんを押し倒したって何も興奮しないだろ」
「それは私もわかってる。でも流石にこれ以上自然にラブコメ展開が起きるわけなんてないじゃん? だから--」
「ちょっ--!?」
小松さんは僕の体を引っ張り、僕は四つん這いになり小松さんの上に乗りかかるような体勢となった。
いや、主人公の方が押し倒すことはあってもヒロインから引っ張って主人公に自分を押し倒させるなんて展開聞いたことねぇよ。
流石の小松さんでもこんなことでテンションが上がるはずが--。
「はぁぁぁぁあん! これこれ! 私が求めてたのはこれなんだよ! そっかぁ……ラブマク(ラブマックス)のモモカちゃんもコイサン(恋愛サンシャイン)の
……わかる、わかるぞ。ラブマックスの姫路モモカと恋愛サンシャインの
自分がアニメキャラと同じ状況を味わえていることにテンションが上がる気持ちもわかる。
わかるけど、でも、でも…………。
「そりゃあこれだけ近くにイケメンがいたら誰だって顔赤くなるし恥じらいもあるし好きにもなっちゃうよねぇ、えへ、えへへへ」
「こんなのがラブコメであるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕の叫びが届いたのか、僕が小松さんの上からどいてすぐに助けがやって来て、僕たちは無事教室に戻ることができた。
しかし、僕はこの出来事をきっかけに、小松さんというラブコメ狂いから抜け出せなくなるのである。
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