第3話 弁当でラブコメ

 校舎裏に置かれているほぼ誰にも使われることのないベンチ。

 その上に乗ったホコリを軽く手で払ってから、僕と小松さんはベンチに腰掛けた。


 体育倉庫での事件が起きたその日の放課後、下校しようとしていた僕は小松さんに呼び止められ、耳元でこう囁かれた。


『これから私といっぱいラブコメしようね♡』


 そう囁かれた時は一瞬告白でもされたのかと勘違いしそうになったが、小松さんの息の荒さとほてった表情から、『あ、これそういうのじゃないわ』と悟った。


 そして今日、僕は耳元で囁かれた時に友達登録した(させられた)RINEで校舎裏へと呼び出され、小松さんの指示でお昼休みに自作のお弁当を持って校舎裏に設置されているベンチへとやってきている。


 両親が忙しくて普段から弁当を自分で作っていたので自作の弁当を持ってこいという要望に応えられたが、普通自作の弁当なんて男子高校生には作れないからな。感謝してくれよ本当に。


「やっぱり学園ラブコメの定番といえば、主人公とヒロインが誰にも見られない場所でコソコソと一緒に弁当を食べる、だよね」

「それは理解できるけどさ。体育倉庫の時も言ったけど、僕らみたいなお互いに何の感情も持たない男女が意図的にその展開を作り出したところでラブコメ展開なんて生まれないんじゃないか?」

「いやいや、生まれない、じゃないんだよ。生み出すんだよ。無理矢理にでも」 


 ラブコメって無理矢理生み出すものだっけ……? と疑問に思ったが、完全に目が座っている小松さんを見て、これ以上反論しても無意味だと反論するのはやめておいた。


「……そうだな。無理矢理にでも生み出そうとしないと何も生まれないもんな」

「そうそう。それじゃあ口開けて?」


 そう言いながら、小松さんは唐突にタコさんウインナーが突き刺さったフォークを僕の口元へと差し出してきた。

 なるほど、小松さんはラブコメの定番、『あーん』がやりたいのか。


 そう理解したものの、僕の心は無理やりラブコメ展開を生み出そうとしている状況に対して、『こんなのラブコメじゃない!』と叫んでいたので、反論せずにはいられなかった。


「……なぁ、やっぱりラブコメ展開って無理矢理起こすものでもないだろうしもうやめないか? こんなのラブコメでもなんでもない--」

「高橋君しかいねぇんだよ!」

「--っ!!??」


 僕から反論を受けた小松さんは、唇を噛み締めるようにしながら大声を出した。


「私だってこんなの本物のラブコメじゃないってのは理解してる。でも私には好きな人なんていないし、いたとしてもそう簡単にラブコメ展開が訪れるとは考えずらい。そうなったら協力者を見つけてラブコメ展開を無理矢理にでも生み出さないとラブコメを味わうことなんてできないんだよ! でも協力をお願いできるのなんて私がラブコメを好きだって知ってる高橋くんしかいないから、高橋君に協力してもらうしかねぇんだよ!!」

 

 一体何がそこまで小松さんを駆り立てるのか……。

 いくらラブコメ好きの僕でもそこまでの熱量をラブコメに向けることはできていない。 


 一度は無理矢理ラブコメ展開を作り出そうとすることに抵抗したくなった僕だったが、小松さんのラブコメに対する熱量が高すぎて、渋々ではあるものの小松さんに協力することにした。


「……はぁ。わかったよ。協力する」

「ありがと! それじゃあ口開けて?」

「相変わらず気持ちの切り替えが早いな……」


 気持ちの切り替えが早く表情がコロッと変わる小松さんを見ていると、さっきの熱弁は演技だったのではないかとさえ思えてくる。


 しかし、一度協力すると言ってしまったからにはもう後に引くことができず、僕は渋々口を開いた。


「はい、あーんっ」

「ん゛ん゛っ」


 ラブコメとはかけ離れた力で僕の口に捩じ込まれたタコさんウインナー。


 今の力ではラブコメを実感することなんてできないが、小松さんのような美少女の作ったタコさんウインナーをアーンしてもらえる機会なんてそうそうないだろうし、ここは諦めてタコさんウインナーを味わうことにしよう。


 もう無理矢理にでも前向きに考えなければやっていられない状況だし。


「……うん、美味い」

「ひゃわわわわわわぁぁぁぁっ。アーンするってこんなに恥ずかしいんだぁ。それなのに積極的にアプローチしようとしてるラブコメのヒロインたちマジ尊みが深すぎて天使すぎるんだけどぉぉぉぉ」


 小松さんが僕に対して恋愛感情を抱いていないことはわかっている。というか、友達だとすら思っていないかもしれないからな。


 とはいえ、僕にアーンをするのが恥ずかしいということは僕を一人の男子として認識してくれているということ。


 陰キャで友達のいない僕にとって、小松さんが僕のことを一人の男子として認識してくれているのは率直に嬉しかった。


「……恥ずかしいなら最初からやめとけよ」

「それじゃあラブコメに出てくるキャラたちの気持ちがわからないでしょ?」

「まあそうだけどさ」

「よしっ、じゃあ次、何するかわかってる?」

「えっ、次? アーンで終わりじゃないのか? 二人で弁当を食べるシーンでこれ以上のラブコメ展開なんてどのアニメでも見たことない気がするけど」

「まだまだわかってないねぇ、ラブコメってものがさ」


 調子に乗る小松さんの様子を見て腹が立ったが、グッと堪えて小松さんが次にやりたいことを訊いた。


「なんなんだよ。次に小松さんがやりたいラブコメ展開って」

「世の中の定理といえばギブアンドテイク。今高橋君はギブされたでしょ? てことは次はテイクしないといけないわけだよ」

「テイク?」

「そっ。次は高橋君が私にアーンする番」

「またなんか変なこと言ってるよこの人……」


 再び思わず本音がこぼれていた。


「変なこととは何さ! 自然なことだよ! この世の定理、ことわりだよ!」

「小松さんが満足ならそれでいいけどさ、イケメンでもない僕にアーンなんかされたいか?」

「……されたいよ?」

「えっ……?」


 なっ、それって、小松さんが僕のことを--。


「だって男なんてみんな同じようなものでしょ?」


 少しでも期待した僕がバカだった。

 いや、でもラブコメバカの小松さんに今後も協力していくのであれば、僕もバカにならなければやっていられないかもしれない。


 僕は最大限自分はラブコメバカだと言い聞かせて小松さんへの協力を続けた。


「……そうだな。ほら、そんなにしあーんてほしいなら早く口開けてくれ」

「わかった。あー--んっ!?」


 そう言って、僕は我の強い主人公を演じるように無理矢理自作した弁当のミートボールを小松さんの口に運んだ。


「はっ、はふっ、このむいやい無理矢理な感い、いいっ、すっおふすっごくいいっ!」

「満足していただけたようで何よりだよ」


 小松さんは目をとろっとさせて満足そうな表情を浮かべているが、僕が得られるものは何もない。


 これってもはやパシリみたいなもんじゃね?


 僕は無理矢理に ラブコメ展開を作り出すなんて嫌なのに、強制的に付き合わされてるんだから。


 こんなことなら、もう今日を最後に協力はしないときっぱり伝えた方が自分のため--。


「えっ、ていうかこのミートボールめっちゃ美味しいんだけど」

「……え?」


 切り替えの早い小松さんはラブコメ展開を堪能している状況から、突然表情を変えてミートボールの味について話し始めた。


「これ本当に高橋君の自作?」

「そうだけど」

「だとしたらクオリティやばすぎだよこれ。毎日でも食べたいくらい」


 小松さんからしてみれば弁当なんてラブコメ展開を作り出すための小道具で、味なんてどうでもいいのかと思っていたが、小松さんは僕の作ってきたミートボールを目を輝かせながら美味しいと言ってくれている。


 僕は先程までは自分に何の得も無いし、これ以上小松さんに付き合うのはやめておこうと考えていた。


 そのはずだったのに…………。


「小松さんがよければ毎日作ってくるけど」


 僕の口からはいつの間にか先ほどまでの考えとは真逆の言葉が漏れ出していた。


「えっ、いいの!? やったぁ! これで毎日ラブコメ展開味わえるぅ!」

「いやそっちかよ! やっぱりこんなのラブコメじゃなぁぁぁぁい!」


 こうして僕は、小松さんの毎日ラブコメ展開が味わいたいという願いを叶えるべく、その日から毎日お昼ご飯を一緒に食べることになった。

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