第4話 雨の日にラブコメ

 ザーザーと降りしきる大雨。


 今朝の天気予報で午後から大雨が降ることはわかっていたので、傘を忘れた生徒は数少ないだろう。


 そんな中、下校しようと靴を履き、傘を刺して歩き始めようとしている僕の横に立っている小松さんは傘を持ってきていない。


 すでにご理解いただいているかもしれないが、彼女は傘を忘れたのではない。あえて持ってこなかったのだ。


 その理由はもはや説明するまでもなく……。


「大雨の日キターーーー!!!!」


 小松さんは大雨の降りしきる中で、大雨を吹き飛ばしてしまうような明るさを放っている。


 小松さんが大雨にテンションを上げている理由、それは大雨でしかできないラブコメ展開を堪能することができるからだ。


 大雨の日に傘を忘れたヒロインに主人公が声をかけ、主人公の傘に二人が入って帰る所謂相合傘展開や、『これ使ってくれ! 俺もう一本持ってるから!』と言って本当は一本しか持っていない傘をヒロインに貸して自分はびしょ濡れになって帰る自己犠牲傘貸し展開など、大雨の日というのはラブコメ展開が発生しやすい。


 小松さんはそういった大雨の日にしか堪能できないラブコメを心待ちにしており、ようやく降った大雨にテンションが上がらずにはいられないのである。


「大雨にここまで本気でテンション上がってる人初めて見たわ」

「そりゃあ大雨なんてラブコメ展開のパラダイスだからね。上がらずにはいられないでしょ」


 普通の女子なら『湿気で髪の毛が〜』とか、『化粧が崩れる〜』とか、様々な理由から大雨を喜ぶはずがない。

 それなのに、自分自身の身だしなみは一切気にする様子もなくはしゃいでいる小松さんはやはりラブコメバカである。


「はい、じゃあ傘さして」

「はいはい」


 小松さんに言われるがまま、僕は傘を差し小松さんを自分の傘の中に入れて歩き出した。


「ほほぉ……これが相合傘か」


 そう言いながら、僕の方を見たり傘の方を見たりと視線を右往左往させる小松さんの様子に、僕は違和感を覚えた。


「どうした? 何か気になることでもあったのか?」

「いや、相合傘してるはずなのになんか違うなーって思って。一体何が違うんだろ……」


 僕からしてみれば今しているのは紛れもなく相合傘で、違和感なんて何一つとして感じられない。

 小松さんはどこに違和感を感じているのだろうか。


「--あっ! わかった! この傘大きすぎるんだ!」

「……?」


 閃いたようにポンと手を叩く小松さんの横で、僕は疑問符を浮かべた。


「いや、そりゃ大きいだろ。傘なんだから。濡れたら困るしな」

「いやいやいやぁ! 高橋君本当にラブコメ好きなの!?」

「……何を言ってるのかわからないんだが」

「いやだってラブコメ定番の相合傘って言ったら二人は入りきれない傘を二人で使うことでどちらかは必ず濡れないといけない状況になって主人公がヒロインを濡らさないようにって自分の肩を濡らしながら歩くやつでしょ!? 何大きい傘持ってきてるの!?」


 いや、傘持ってこいとは言われたけど小さい傘を持ってこいなんて指定はなかったぞ。

 しかもその言い草だと僕にびしょ濡れになれって言ってるようなもんだよな? 人の心ってのが無いのか小松さんには。


 あとそのオタクみたいな饒舌喋り怖いからやめてくれマジで。


「いや普通に考えて二人で入るなら大きいほうがいいだろ」

「だからラブコメ的にはそれじゃあダメだって言ってんの! ……もう、わかってないなぁ--」


 小松さんが僕に呆れる様子を見せた瞬間、僕らの横を大型のトラックが轟音を立てながら通っていった。

 ただトラックが僕らの横を通って行くだけなら何も問題はないのだが、そのトラックは大雨によって形成された大きな水たまりに入り、その水飛沫が僕らに向かって思いっきり飛んできた。


 そして、僕は咄嗟に小松さんを庇うようにして小松さんの前に立ち、小松さんは濡れずにすんだが僕は当然びしょ濡れになった。


「……大丈夫か?」

「えっ、ごっ、ごめん。ちょっ、てかめっちゃ濡れてるじゃん!? 私を庇ったせいで……」

「いやなんで落ち込んでんだよ。さっきまで肩を濡らせって言ってた人間がさ」

「それはそうなんだけど……」

「小松さんが濡れなかったんだからそれでいいだろ? それにこんなの自分の肩を濡らしてヒロインが濡れないようにするよりもラブコメ展開だし興奮するんじゃないのか?」

「……」


 僕がそういうと、小松さんは俯いたまま無言になってしまった。


「……小松さん? えっ、顔赤くない? 大丈夫か? 庇いきれてなかったか?」

「--どっ、どうやら私風邪を引く手前みたいなので急いで帰ります! それじゃあねぇー! あっ、その傘使ってもらっていいから! ほら、傘渡してもう片方離れて帰るってのもラブコメの定番でしょー!」

「えっ、ちょっ--」


 そう言って、小松さんは傘を飛び出して帰っていった。


 なんだよ突然……。


 小松さんに何があったかはわからないが、風邪を引く手前という話が大嘘だというのは流石の僕でもわかる。


 何せ、ラブコメバカの小松さんがラブコメに反する行動をとったのだから--。 


「いや、傘渡してもう片方は濡れて帰るってそれ、主人公がヒロインにやるやつだろ…………」

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