ラブコメ好きの美少女とラブコメを再現してたらいつの間にか本当にラブコメになっていた件

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1話 倉庫でラブコメ1

「はぁ……。こんなに暑いのに片付けさせられるなんて最悪だよもう……。体育係なんかやらなきゃよかった〜」


 体育の授業が終了し、ほとんどの生徒が体育館を後にしている中、体育係である僕、高橋たかはし新太あらたは、もう一人の体育係で学校1の美少女と名高い小松こまつ莉々花りりかと体育で使用していたバスケットボールやビブス等の用具を片付けるため体育倉庫に向かって歩いていた。


 季節は夏真っ只中。


 体育館の中は蒸し風呂状態となっており、片付けをしながら文句を垂れてしまう気持ちは痛いほど理解できる。


 陰キャの僕は押し付けられるようにして体育係になったので、抵抗したところでもうどうしようもないと諦めている。

 しかし、小松さんが体育係になった理由は『仕事が少なそうだったから』と友達と話しているのを聞いたことがあるので、先生から仕事を任されてたとしても面倒臭いからと僕に仕事を押し付けてきて僕が小松さんの分まで一人で仕事をこなすことになるのだろうと思っていた。


 しかし、小松さんは僕の予想に反して任された仕事を文句を垂れながらではあるがこなしている。


 正直意外だった。まさか小松さんが任された仕事を僕に押し付けることなく最後までやり遂げようとするなんて。


 失礼な話ではあるが、僕は陽キャなんてみんな自分のことしか考えていないクズ人間だと思っているので、小松さんも面倒な仕事は他人に任せて自分だけ楽しめればいいと思っていると、そう思っていた。


 それがまさか、文句を垂れながらとはいえ任された仕事を責任を持ってやりとげるとはな……。


 とはいえ、文句を垂れているということは体育係の仕事をやることに対して不満を抱えているのは間違いないので、それなら、と僕は小松さんに提案した。


「やりたくないなら僕がやっとくよ。一人でもこなせるくらいの量だし」


 二人でやる時と比べれば当然その倍の仕事をしなければならなくはなるが、小松さんに気を遣いながら仕事をするのもやりづらいからな。


 流石に僕の方から仕事をやっておくと提案すればすぐに食いついてくるだろう。


 これで落ち着いて仕事ができる。


 そう思っていたのだが--。


「いやいや、押し付けるのは違うでしょ。私だって体育係なんだから、任された仕事は最後までちゃんとやる」

「……」


 小松さんの言葉に、僕は思わず目を丸くした。


 学校一の美少女だなんて持て囃されて調子に乗っているであろう小松さんのことなので、僕の提案に食いついて『じゃあよろしくぅ!』なんて言って体育館を後にするかと思っていた。


 しかし、小松さんは僕の提案を蹴り、最後まで自分の仕事を全うするという。


 学校一の美少女だと持て囃されて調子に乗っているというのは僕の勘違いだったのか?

 陽キャなんてみんな自分勝手な生き物だと思っていたがそういうわけじゃないのか?


 容姿端麗なだけではなく、品行方正となれば学校一の美少女と謳われているのも理解できるが。


「どうかした?」

「いや、なんでもない」


 小松さんに対する評価を改めるべきかと考え始めたところで倉庫に到着した僕たちは、手に持っていた用具を片づけを始めた。


「このボールってどこにしまうんだっけ?」

「そのボールは確かその棚の上の段だ」

「おっけー。うわっ、高っ。でもギリギリこのマットに乗ればいけるかも……--っっっっ!!!!」

「--っと。大丈夫か?」


 見ているだけで危なっかしいなぁと感じていた僕の感は間違っていなかったようで、小松さんは見事にバランスを崩し転倒しそうになった。

 そして転倒しそうになっていた小松さんを、あらかじめ小松さんの体を支えるために小松さんの方へと近寄っていた僕が支えた。


「……」

「……?」

「あっ、ごっ、ごめん。大丈夫」


 なんだ? 今助けられたことに対する驚きとは全く別の間があったような気がするんだが。

 

 ……まあ気のせいか。僕みたいな友達のいない人間が小松さんの些細な違和感に気付くことができるとは思えないし。


 そう考えて特に何を気にすることもなくその場で小松さんを立ち上がらせた僕は、何事もなかったかのように再び片付けへと戻った。


 それから小松さんも何事もなかったかのように片付けをしていたので、やはり変な間があったと感じたのは僕の勘違いだったのだろう。


 そして片付けを終えた僕たちは、倉庫から出るため倉庫の扉を開けようとした。


「よし、それじゃあ教室戻るか」

「そだね。いやー本当に暑かったー。よいしょ--っと…………」

「……?」


 何やら倉庫の扉を開けたようとした小松さんの様子がおかしい。


 扉を開けようとした小松さんが一度力を入れて扉を開けようとしたにも関わらず、扉を開けることなくその場で固まっているので、今回ばかりは僕が感じた違和感は勘違いではないだろう。


「どうした? 何かあったのか?」

「……開かない」

「…………え?」


 --まっ、まさか、カギを閉められたのか!?


 いや、まさかそんなことあるはずがない、きっと小松さんが非力すぎてドアが開かないだけだ。

 そう考え急いでドアの方へと向かい扉を開けてみようと試みるが、本当に扉は開かない。


「……マジだな」


 きっと僕らが中にいることに気が付かなかった先生が鍵を閉めてしまったのだろう。

 こうなったら誰かに気付いてもらえるのを待つしかない。


 体育倉庫に閉じ込められるなんて漫画やアニメの世界でしかありえない展開だと思ってたんだけどな。


 体育倉庫内はかなりの暑さで一刻も早く抜け出したいところだが、いつ助けが来るのかもわからない。


 いやぁ、この展開は流石に、流石に…………。




 --最高の展開じゃないか!!!!




 僕はラブコメが大好きで、起こり得るはずがないとわかっていながらもいつか自分自身の身にラブコメ展開が降りかからないだろうかと密かに期待していた。


 そしてついにやってきたラブコメ展開。


 これにはどれだけ最悪の状況であったとしてもテンションを上げざるを得なかった。 


 さあ、体育倉庫に閉じ込められたとなれば不安になった小松さんが僕に抱きついてきたり、薄暗い空間でバランスを崩してしまい小松さんの体の上に乗りかかるような状態になってしまったりと、様々なラブコメ展開が期待できるわけで----。




「……」




 閉じ込められて一人で勝手にテンションが上がっていた僕だったが、その場で立ち尽くし俯きながらプルプルと震えている小松さんを見て、自分が心底嫌になった。


 そりゃそうだ。

 

 僕は狭い場所や暗い場所が苦手なわけでもないし、こんな状況でも『ラブコメ展開キターー!!』なんて不謹慎なことを考えることができる。


 しかし、狭い場所や暗い場所が苦手な人からしてみれば倉庫内から逃げ出せないという状況には恐怖を感じてしまうだろう。


 何よりこの暑さだ。


 このまま長時間倉庫内に閉じ込められれば熱中症になる危険性もある。


 もし小松さんがこの状況に怯えているのだとしたら、僕がすることはラブコメ展開にテンションを上げることではなく、不安に怯えている小松さんのケアをすること。


 僕は気持ちを入れ替えて、自分でも気持ち悪いと思うほどの柔らかい声で小松さんに声をかけた。


「小松さん、何ができるわけでもないけど僕がそばにいるから--」

「ラブコメ展開キターーーー!!!!」

「……へ?」


 予想外な小松さんの反応に僕の思考はついていくことができず、僕はその場で固まることしかできなかった。

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