第2話

家に帰ると、詩織の方が先に帰宅していた。


俺のいま住んでる家は祖母のツテで借りている。徒歩5分くらいの10階建ての1LDKの6階。

オートロックで、全て内階段で、駐車場の地下からは一度も外に出ずに家に入れるから、事務所からは喜ばれてるし、詩織にも地下から入るように伝えてる。


カウンターぽくなってる3口コンロのキッチンで、詩織は大量に食事を作ってくれていた。



「和政、おかえりなさい」


「ただいま。

すごい、めちゃくちゃ豪華じゃない?大変だったでしょ」



ハンバーグにはチーズと手作りのトマトソースがかかっていて、付け合わせは美味しそうなサラダ。ドレッシングは元々俺が作って取っておいてるやつ。

付け合せとは別で、チーズとトマトのカプレーゼと、多分見た限りジャガイモの冷静ビシソワーズ。


他にもホタテのカルパッチョと生ハムと、ナスとトマトのマリネが少しずつテーブルに置かれてる。



「ご実家からトマトとナスたくさん届いてたし、今日昼過ぎには仕事終わってたから。

それと、和政のつくったビネガードレッシング、そろそろ使い切らないとかなって。


片付けるみたいなレシピでごめんね」


「いや、そこは『私天才でしょ?』って言うところじゃない?謝る要素はない」



俺、幸せすぎる。こんなに幸せな同世代男性いないと思う。


気持ちが溢れて思わずエプロンつけたままの詩織に、吸い寄せられるように抱きついてしまう。



「詩織、本当にありがとう。

詩織は何もしないで座ったり寝たりしてるだけで本当はいいのに、こんな天才的な料理まで……。

疲れてるはずなのに」


「和政にご飯作ってる時間って、むしろ息抜きに近いから気にしないで」



こんな言葉選べちゃうあたりも素敵すぎない?


俺は寝室の隣にある酒用の冷蔵庫から、ワインを一本選んで持ってきた。



「これあけよっか。

この間のフェスの時に、120minuteの坂斉さんがくれたんだよ」


「……120minute?て、ごめん、誰だっけ……」


「いや、全然覚えなくて良い。

最近ちょっと良くしてくれてる、他のバンドのドラムのひと」



詩織は申し訳なさそうに俺が渡したワインのコルクを開ける。……やばい、ミスった!


元々学生時代、詩織は殆どのライブに来てくれていたので、当時は俺の共演者や親しくしてる人をほぼ全員覚えていた。だけど直近、仕事でライブにこれないことも増えて、元々音楽が大好きって訳ではない詩織は俺が最近仲良くなった音楽業界の知人をほぼ知らない。


知らなくて全然いいのに、俺は昔からのクセが抜けなくてついつい固有名詞を出してしまう。



「ごめんね、最近のギャラスタ全然追えてなくて……」


「気にしないで。むしろ、俺以外に興味持たれる方がヤキモチやくよ」



本音だ。


こんなに素敵な詩織が他の男に見つかったらたまったもんじゃないだろ、と、俺は付き合い始めた頃から今までずっと思い続けている。


いまの職場は忙しすぎて愛だの恋だのしてる暇がなさそうなのと、詩織がお世話になってそうな数人には挨拶させてもらったのと、その中でも信用できそうな男の同僚とは親しくなったので、辛うじてそこまで心配しすぎずにいられてるけど。


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