第十五話 勉強の時間

 そしてそれからしばらくの間、クロミアは「ダーステイルズ」の翻訳をしながらガウスに色々なことを教わることになった。


「若干かたよりは感じられるけど、おおむね必要な事柄は学んできたみたいだね。学校には行ってないはずだけど……?」

「はい、すべて母に教えてもらいました」


 ガウスは満足そうにうなずいた。簡単なテストを行った結果を手にしている。


「うん、文学や歴史や経済学。……特に数学や語学が得意みたいだ。お母さん、大した人だね」


 あまり笑わない子供だったクロミアも、母のことを褒められるとやはり思わず笑みが漏れた。


「僕も君のお母さんのやり方をなるべく踏襲とうしゅうして教えるからね。やりづらさを感じたら遠慮なく言ってくれ」

「──学校へは行かなくていいんですか?」


 当然のように学校へ行かされるものと思っていたクロミアは意外そうにたずねた。

 

「君には必要ないだろう? 行きたいなら手配もするけど……」


 クロミアは首を横に振った。


「同世代の子供たちと馴れ合うのは本意ではありません」


 その回答も、ガウスの気に入った様子だった。


「それじゃあ早速明日から始めるからね。特にここから始めたい、っていう希望はあるかい?」


 ガウスの問いに、クロミアはしばし考えを巡らせ答えた。


「この国を含む近隣国の西域八ヶ国さいいきはちかこくについて、何でもいいです。教えてください」


 おさえ目ながらも切実な訴えに、ガウスも何か察したらしい。口元に手を持ってきて小さくうなった。


「──お母さんには教わらなかったんだね?」


 クロミアは小さくうなずいた。


「例えば……ヴィリアイン王国とは、どのような国なのでしょう」


 ごくさりげなくたずねたつもりだが、思わず声が上ずった。彼はどうしてもこのヴィリアイン王国について知りたいと思っている。


 以前一度だけ訪ねてきたヴァンスという父親らしき男が、何気なく漏らした「ヴィリアインに行く」という言葉。それを聞いた時に、母が普段とは全く違う反応をしたからだ。


 明らかにひどく心が乱れているとわかる、複雑な泣き笑いの顔。それは今でも、彼の脳裏に焼き付いている。

 あの、いつでも冷静で常に微笑んでいた母にそんな顔をさせたものがあの王国にあるというのだろうか。過去に余程酷よほどひどい虐待または迫害でも受けたのだろうか。

 そんなことを考えると、心がざわついて辛かった。

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