シラナイカコ

「センソウ」という言葉をたずねると両親は口を噤む。


2045年、「シャカイカ」という教科が全国の教育科目から廃止されてから10年が経った。また、この世界の「レキシ」について触れることは刑罰対象となった。よって、大人は己の「ブユウデン」は以ての外、これまでの世界の出来事については語らず、メディアが発達している今でも流出されていない。

一方で僕たちがこの様に「ニホンゴ」が話せ、何不自由なく過ごせているのは、生成AI教育機関の導入によるものである。


EYEメディアでは、自分好みの情報を生成AIが判断し取り揃えて、起床時と共に提供される。今日も瞼の裏で流れる「あにめ」を眺めながら、純白の「オサラ」の上に提供された「さぷりめんと」を頬張る。今年6歳となる僕はさぷりめんとがひとつ増えることとなった。

朝食を終え、「ベンキョウヅクエ」の前に腰掛け「オベンキョウすうぃっち」を押すと、直前迄流れていた騒がしい「あにめ」が止み各教科の「こらむ」が表示される。いつもはその中から自動で選択された「こらむ」に取り組むのだが、今日は自動選択はなく、代わりに「センソウ」という「こらむ」が一瞬表示された。一瞬というのは、その「こらむ」に手を伸ばすと「アワ」のように消えてしまったからである。


その晩、食事の中の“カイワジカン”中に父と母に今日表示された「センソウ」という言葉についてうかがってみた。しかし先程まで賑やかだった「ショクタク」は静まり返り、父と母は「センソウ」について何も教えてくれなかった。

その後もお爺ちゃんやお婆ちゃん、「キンジョ」のオバさん、「ヘイタイサン」というこの街を守ってくれている人に聞いても皆、口を噤み眼を逸らすだけだった。誰も頼りにならない為、AIにもうかがってみた。しかし、解答はそれと同じであった。


翌日、いつもの「るーてぃん」を済ませ「オベンキョウすうぃっち」を押すと「センソウ」という「こらむ」が1番大きく表示された。それに手を伸ばすと今度はしっかりと触れる事ができた。

そこには嘗て僕が触れてこなかった「シラナイカコ」が記されていた。


今から100年前、世界で大きな戦争が起こったこと。それは世界中で多くの命を奪ったこと。日本という国は大きな爆弾を二度落とされ戦争に敗けたこと。

この戦時中では、人々は『死ぬ為に生きていた』こと。

それから僕はその奥に更なるコラムがあることに気が付いた。

戦後、人々はこの悲惨で戯も正とされるような戦争をもう二度と起こさせない為に試行錯誤を重ねた。その結果、戦後90年を境に当時を知る人物がおよそ30%を下回ると予測されたことから世界中でAIによる思考操作で“戦争”という歴史をなくそうと決めた。しかし、何かしらの不具合によりAI情報の中から極稀に戦争についての記録が流出する事態が起きたのだという。この要因は未だ明らかになっていない。その極稀な現象が今日、僕の身に起きたのだ。


僕は真実を疑った。しかし、このAI情報を信じることにした。この情報が正しければ大人達が揃って口を噤ぎ、何も話さなかった理由も検討がつく。正直、信じがたい事実だが過去に起きた悲惨な戦争は今では一度も起きていない。これからも、戦争を起こさせない為にもこの情報を信じ、風化させてはならないのだと強く心に誓った。


一息つき、ベンキョウヅクエから離れ「食事をする場所」を通り過ぎて扉を開ける。とても暑いが快晴だ。外の空気がやけに気持ち良く感じられる。チラッと腕時計を見ると、8月6日午前8時15分。

何度か深呼吸をしてから扉を閉めて外に一歩踏み出すと遠くで微かに轟音が鳴り響いた様な気がした。


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