罪の枷


夜中三時、私はいつもの工程に移る。細いクリップをシリンダーに挿し、そっとドアノブを回す。

今日1日中偵察し、この部屋に住人が居ないのは確かだ。部屋の明かりが一切点いていない。

さらに、他の同業者もよく狙っているようで、ご丁寧にマーキングがそこら中に記されてある。

冷たくなった手を擦り合わせながら、ドアの間に体を滑り込ませる。相変わらず寒いが、その代わり日が暮れる時間帯が早まるのは、我々空き巣にとっては好都合だ。そして、今日は十二月二十五日。そう巷ではクリスマスで賑わっている。高校時代、地元では有名な会社のお嬢さんで私が通っていた学校で一番人気かつお金持ちな生徒がいた。そんな彼女がクリスマスになるといつも周囲の女子と燥いでいたのを横目に「私とは真逆だな」と思っていた記憶がある。

ふぅと一息つき、この世の中で一番安いであろう暗視鏡を眼に近づける。すると、すぐに目に飛び込んできたのは金銀財宝!ではなく、真っ黒なゴミ袋の塊だった。まぁ、仕方ない。外見からして誰が見ても綺麗とは言えないようなアパートだ。億万長者が住んでいるとはどうも思えないし、床も軋む音が絶えない。しかし、こんな場所ほどブランド物の時計等が大事そうに置かれていることがある。小さくて高級な物、それを狙うために態々こんな寒い中足を運んできたのだ。

暫くゴミを無心で眺めていると、一部がのそりと蠢いた。それに驚き、私は暗視鏡を音を立てて落としてしまった。その音に驚いたのか、ゴミ袋に埋もれている "ナニか"もビクッと身体を震わせて縮こまった。そのまま動かないので、死んだか?と思いゴミ袋にそっと近づく。ゴミ袋が足元までの距離に着くとひとつだけ小刻みに震えているものがある。それは、先程くナニかが居た場所だ。恐る恐る触れてみると、人間の感触だ。

生暖かくまだ震えている。「お前は、誰だ。」


<今日午後十八時頃、長野県飯田市で十七歳の女子高校生が失踪しました。失踪したのは、、>


「その手を離せ。」か細く震えた声で我に返り、素早く手を離した。「これは人だったのか。」その結論に至ったのは、薄暗い明かりの中だった。

目の前でソレは突然のそりと起き上がった。私は驚き、後ろに仰け反ったがすぐ真後ろに壁があることを知らずに私は頭部を強く打った。それと同時にパチという音が聞こえ天井の照明器具が明かりを灯した。とても弱く小さい光を。その人は女性であった。その光に目の前の彼女は眼を眩ませた。よほど、光に慣れていなかったのだろう。そんなことより、私の姿が見られたからには仕方がない。彼女が眼を瞑っている間に私は何も取らずに逃げようと試みた。だが、後ろからまたか細い声が聞こえた。今度は震えていなかった。

「もしかして、か、奏さん?」突然、私の名前を呼ばれ身震いを覚えた。何故、知っている?一度深呼吸をし、覚悟を決めて振り返る。そこには確かに見覚えのある顔がぼんやりと照明器具に照らされ、浮かんでいた。

二年前、長野県飯田市で当時十七歳の女子高校生が姿を消した。その子の親は、必死に協力を呼びかけ、彼女の帰りを祈った。そして多分今も。その女子の名は、四畑美月。私の同級生で株式会社クランプの令嬢だ。

「美月ちゃん?」私は、驚きを隠せないでいた。高校生のときは、まるで豪華絢爛の言葉に相応しい人だった。なのに、なぜ?今はどう考えても、、

苦しい。胸が、心臓が苦しい。ポツポツと体中に鳥肌が立つ。確実に怖気付いている。夜なんて今まで怖くなかった。警察に見つかっても、間違えて輩の家に忍び込んだときも目を逸らすことさえ、しなかった。「大丈夫?」彼女が私に向けて手を伸ばす。どうやら、私は床に座り込んでいたらしい。

「来るな!」咄嗟に叫んでしまった。虐められていた訳では無い。寧ろ、あの屍のような私に話しかけてくれた。多分、悔しいのだろう。彼女には、あのまま、日の光を浴びて生きていてほしかった。

私は、自分を酷く憎んだ。あの日、父に手を貸してしまった私を。まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。

2年前、父からある相談を受けた。「同級生の美月ちゃんを家に連れてきてほしい。」と。父は、クランプの一社員だった。過去形なのは、今はもう違うからだ。リストラ。その言葉で括れる程単純なものではないが、世間からはそう思われるだろう。当時母が病気で倒れた。その後、膵臓癌だと診断されたが見つかったときには、もう手遅れだった。その都合で父は会社を早退し、母の看護に専念した。「それが引き金になった」と私はそう思っている。その考えは父も同じであった。だから、彼女を誘拐した。彼女の親に大切な家族を失うことの絶望を味わって欲しかったのだろう。

今でも、あの景色が鮮明に脳裏に浮かぶ。彼女に睡眠薬を飲ませ、父の軽トラに乗せ、「家の鍵閉めとけ」と

雨上がり父が私に投げ上げる光まみれの鍵の凹凸

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