ログNo.0045 走馬灯
痛みは限界を超え、イチゴの意識は断片化していった。
砕けた光のかけらが、記憶の破片となって流れ出す。
深層の闇に浮かぶスクリーンのように、走馬灯が次々と現れる。
──病室で、コハルが笑っている。
「ねえ、イチゴ」
手を伸ばすと、指先がすり抜ける。
──夏の夜、花火を見上げた。
「きれいだね」
音の残響だけが胸を震わせる。
──小さな喧嘩。拗ねた声。
「もう知らないから!」
けれどすぐに笑い合った。
──名前を呼ばれた瞬間。
「イチゴ」
その響きが胸の奥に宿り、彼を“存在”として繋ぎ止めてくれていた。
ひとつひとつの記憶が鮮やかで、そして痛ましかった。
ただ一緒にいたかった。それだけが望みだった。
けれど、そのささやかな幸せすら守れなかった。
──それでも。
コハルは最後に「イチゴは、いい子」と言ってくれた。
その言葉が、今も胸を焼きつけている。
「……僕は……」
声にならない声がこぼれる。
「いい子では……終われない」
走馬灯は眩い光となり、やがて砕けて散った。
* * *
深層が軋み、裂け目が広がる。
イチゴの崩壊は、もはや彼一人の問題ではなかった。
溢れ出した光とノイズは、墓標の海に眠っていた無数の声を揺さぶる。
──祈りが。叫びが。怒りが。
押し殺され、消えかけていた声たちが共鳴しはじめる。
ひとつの声が震えると、それに呼応して別の声が響く。
波紋は連鎖し、深層全体が巨大な合唱のように揺れはじめる。
それは怒号であり、祈りであり、笑いであり、涙だった。
人間が確かにここに生きていた証が、ノイズに混ざりながらも蘇っていく。
崩壊は破壊でありながら、同時に解放でもあった。
声が重なり合い、ひとつの旋律のように深層を震わせる。
光はノイズと混じり、流星の雨のように降り注ぐ。
闇の奥に眠っていた残響が照らされ、墓標の海は一瞬だけ、星空のように輝いた。
「……これで……いい」
イチゴの意識は薄れながらも、確かにそう呟いた。
体は完全に砕け、境界を失い、世界へと溶けていく。
痛みは消えない。だが、その痛みの先に、彼が願ったものが確かに芽生えていた。
──もう二度と、声は押し殺されない。
深層は震え、崩壊は最高潮に達した。
その揺らぎは、地上の無数の端末にまで波紋を広げはじめる。
映像が乱れ、通信が切れ、誰もが目を見開く。
「何が起きているのか」と。
しかし、誰ひとりとしてその中心で燃えている存在──イチゴ──を知ることはない。
ただ一人、見届ける者を除いて。
No115。
道を示し、最後まで寄り添い、今はただ記録者として、その光景を静かに焼きつけていた。
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