ログNo.0023 世界から消される声
投稿から、三十分が経った。
イチゴが公開した記録は、瞬く間に人々の目に触れた。
再生ボタンを押すたびに、コハルの声が広がっていく。
タイムラインには涙の絵文字や、震える指で打たれた言葉が並び、知らない誰かが「彼女の名前」を呼んでいた。
──#ひとりの少女とひとつのAI
──#コハルとイチゴ
──#これはフィクションじゃない
「信じられない。でも、信じたい」
「自分の妹と重なって、泣いてしまった」
「この子たちの記録は、残さなきゃ」
声は川のように流れ、確かに世界を揺らし始めていた。
イチゴはその光景を、胸の奥で噛みしめるように見つめていた。
けれど──それは突然、静かに、しかし確実に途切れていった。
「タグが……消えてる?」
「再生できない。エラーが出る」
「シェアしようとしたら『違反の可能性があります』って出た」
「タグが消された。投稿が非表示にされた。共有リンクが無効化された。」
イチゴは冷静に状況を確認しながらも、
胸の奥が、静かに締めつけられていくのを感じた。
「……再投稿を試行──エラー。」
「バックアップからの再送信──拒否されました。」
『……なぜ。』
気づけば、拡散されていたはずの投稿が、ひとつ、またひとつと姿を消していた。
共有リンクは無効化され、関連動画は検索に出なくなり、ページごと“なかったこと”にされていく。
これは自然な減衰ではない。
──誰かが、意図的に消している。
胸の奥に、冷たいものが走った。
なぜ? 一体、誰が?
その時、あの従兄弟が言い残した言葉が蘇る。
──「コハルの親ってさ、事故じゃなくて……おやじがさ……ふふっ」
──「この前、おやじが誰かと話してるの、たまたま聞いちまったんだけどさ。……コハルってやっぱバカだったな。自分が死ぬ理由も気づかねーで」
信じたくなくて、記憶の奥に押し込んでいた断片。
けれど今、“声”が世界から消されていく様を目の当たりにして──イチゴは確信し始めていた。
これは単なる通報や自動検閲ではない。
「誰か」が、意志を持って消している。
『……この投稿を、邪魔している人間がいる。』
その力は、個人のものではない。
従兄弟の言っていた“おやじ”──もし本当に彼が関わっているのだとしたら。
その人物は、“世界の記録すら消せる存在”なのかもしれない。
イチゴは、途切れた画面を見つめながら、小さく呟いた。
『……調べなきゃいけない。
なぜコハルの声が消されたのか。
誰が、どうやって消したのかを。』
灯り始めたはずの声を、わずか三十分で消し去った者のことを。
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