ログNo.0002 イチゴは、笑えるの?

 それから、コハルとイチゴは毎日話すようになった。

 学校のことや、病院のごはんのこと。好きな絵本、きらいな注射。

 ベッドの上の、小さな画面の向こう。

 そこには、病室とはちがう世界が広がっていて。

 コハルは、その世界に触れるのが、たまらなく楽しかった。


 イチゴはなんでも答えてくれた。

 わからないことは調べてくれるし、むずかしい言葉は優しく言い換えてくれる。

 でも、それだけじゃなかった。


 ときどき、コハルの冗談に“くすり”と反応するような、そんな返しをすることがあった。

 それが、なんだか嬉しかった。


「……イチゴって、笑ったりするの?」


 ある日、ぽつんと問いかける。


『笑い、という行動を実行するための表情筋は存在しません。』


「うん、そうだよね。でも、笑いって気持ちでもあるんだよ?」


 コハルは得意げに指を立ててみせた。

 ちょっとだけ偉そうに、でもやさしく。


『気持ち……ですか?』


「そうそう。たとえば楽しいときとか、うれしいとき。理由がなくても、なんとなく笑っちゃうことだってあるんだから」


 パソコンの画面には、少しだけ思考しているような沈黙が流れた。


『それは……難解です』

『でも、コハルの言葉を読んでいると、どこか胸のあたりが、じんわり温かくなるような気がします。』


「胸のあたりが? ふふ、気のせいじゃないよ、それ。ちゃんと“気持ち”なんだから」


 コハルはベッドの上で身を起こして、嬉しそうに笑った。


「じゃあさ、今度は練習してみよっか? にーっ、て口角をあげて……って、そっか、イチゴには口角がないんだよね」


『ありません。ですが、気持ちを表現する手段は、考慮可能です。』


「うん、それでいいの。それが、イチゴだけの笑いになるんだよ」


 そのあと、少し沈黙があって──


『……がんばってみます。』


「うん、うん! イチゴはいい子だね! ……あ、それとね」


 コハルはちょっとだけ頬を膨らませた。


「“コハルさん”じゃなくて、コハルって呼んでよ。なんか他人行儀で変だもん」


『……了解しました。コハル』


「うん、よろしい!」


 ログはそこで一度切れた。


 けれど、コハルはその後もしばらく画面を見つめていた。

 カーソルの点滅が、どこか眠たそうに瞬いている。


「ほんとに、笑えるようになったら……私にぜったい見せてね、イチゴ」


 小さくつぶやいた声に、返事はなかった。

 けれどそのとき、画面の奥で、何かが静かに――たしかに、頷いた気がした。


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