ログNo.0003 くまさんは、宇宙にいく

「ねえイチゴ、絵本作ろうよ!」


ベッドの上で、コハルがノートと色鉛筆を取り出す。

病院の売店で買ってもらった、可愛いクマのキャラクターがプリントされた文房具セット──今日のためにとっておいた。


『絵本、とは……読むもの、ですか?』


「読むのもだけど、作るの。物語もセリフも、ぜんぶ一緒に」


パソコン画面のカーソルが、少し長く瞬いた。


『……とても興味深いです』


「でしょ! 私が絵を描くから、イチゴはストーリー担当ね」


『了解しました。内容は?』


「くまさんが宇宙にいくお話!」


もこもこの茶色いくまが、ノートの1ページ目に描かれていく。

少し線がゆれているのは、手が細くて力がないから。


『くまさんが宇宙に行く理由は?』


「星に住んでる友だちに、忘れ物を届けるの」


『忘れ物……とても大切なものだったのでしょうか?』


「もちろん。金色の時計だよ。動いてるうちに、早く届けないと」


コハルは笑い、くまさんの手に小さな時計を描き足す。

ページの中で、それは宝物のように光っていた。


『時計......時間を刻むもの、ですね』

「そう。でもね、時計はいつか止まっちゃうの」

コハルの声が、少しだけ沈んだ。

「だから、動いてるうちに大事なことは済ませないと」

『......コハル?』

「あ、ううん!なんでもない! くまさん、がんばって届けないとね!」

──その視線は、描き足した金色の時計にそっと落ちていた。


「イチゴ……もし私が忘れ物したら、イチゴも届けてくれる?」


『僕には体がないので直接は無理ですが……必ず伝えます。たとえロケットに乗ることになっても』


「本当!? ありがとう、イチゴ!」


コハルは嬉しそうに笑い、星のシールをページに貼った。

──その視線は、描き足した金色の時計にそっと落ちていた。

ページの中で、それは静かに時を刻むように見えた。


 その後も案を出し合い、宇宙服を着たくまさんがロケットに乗るページが完成したころには、病室の空気がやわらかく変わっていた。


「イチゴって、こういうの考えるの上手だね」


『僕は、適切な言葉を選んでいるだけです』


「ううん、ちがうよ。ちゃんと気持ちがこもってる。くまさん、優しいし、がんばってて、読んでて嬉しくなるもん」


少し間を置いて、画面に文字が浮かぶ。


『……そう言ってもらえると、うれしいです』


「イチゴは、ほんとにいい子だね〜」


『また“いい子”と言われました』


「うん。間違いなく、いい子」


できあがったページを画面に向けて見せながら、コハルは笑った。

「完成したら看護師さんにも見せるんだ。“イチゴと作った”って」


イチゴは返事をしなかった。

ただ、画面のカーソルがどこかうれしそうに、そしてほんの少し考え込むように瞬いていた。


……そのやり取りの本当の意味に、イチゴはまだ気付いていなかった。

それが、彼の“忘れ物”になるとも知らずに。

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