Z世代は夢を見たい

夜の電車。席に腰かけた古賀は、正面に揺れる広告をぼんやりと眺めていた。仕事帰りの疲れが足に残るが、まだ気は張っている。


ふと隣を見ると、若い男が座っていた。よく見ると、部署に配属されたばかりの佐々木だった。イヤホンを片耳だけ挿し、スマホを握ったまま、すっかり眠っている。


「……これが、普通なんだよな」


ふと、京王線の刺傷事件を思い出した。あのとき、誰もがパニックになっていたと報道は伝えていた。


古賀は思う。知らない人間と肩を並べて、目を閉じ、荷物も膝に置いたまま。無防備という言葉では足りない。これはもう、“死んでもいい”という姿勢だ。万が一、地下鉄サリン事件のような事態が起きたとき、この若者は間違いなく逃げ遅れるだろう。


公共の場で眠るというのは、平和に甘えることだ。過去の事件から学ぶべきなのだ。電車で眠りにつくなら、起きた時にあの世にいてもおかしくない――そんな世界であることを。


――と、思ったところで、佐々木が目を覚ました。


「……あれ、古賀部長? 奇遇ですね」


「ああ。お疲れ」


古賀はそっけなく返した。だが、何か言いたくて、言えない言葉が喉元に引っかかっていた。


「仕事、大変そうだな」


「まあ、慣れてきましたけど、帰りの電車が唯一の休憩時間ですからね」


「休憩……ね」


「ええ。家に帰るとやる事もありますし、眠れないときもあるんで。電車は、ちょっとだけ“切れる”時間というか」


古賀は目を細めた。切れる? 何を?


佐々木は笑った。

「仕事でずっと気張ってるとやっぱ疲れちゃって……」


「それで寝てたのか」


「はい。気付いたら寝てました」


古賀は、ふと黙った。


気付いたら寝ていた――それなら、危機意識の欠如ではない。生存本能が無意識に眠るという選択をしているのかもしれない。だとすれば、それは“鈍感”なのではなく、社会で生き抜くための“行動、”割り切り”だ。

これはもう、平和ボケではない。社会の仕組みだ。


「……そうか。寝てたとこすまんな」


「いえ、こちらこそすみません」


電車が駅に着き、佐々木が立ち上がる。


「お先に失礼します。また明日」


「おう、気をつけてな」


そう言って去っていく佐々木の背を見送った。


俺が考えすぎなんだろうか。

いや、危機管理を徹底するのは悪いことじゃない。

でも――クタクタになるまで、それこそ移動中に眠らざるをえないほどに働かせること自体が、どこかおかしいんじゃないか。


……まあ、考えたところで俺にそれを変える力はない。

どのみち起きていても寝ていても、結果は変わらないのかもしれない。


なら、せめて――


「……安心して夢を見てほしいよな」

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Z世代が遅刻してきた 藤山アサヒ @GA333

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