夏の風物詩
夏木
夏の風物詩
「昔はねぇ、夏休みになると、カブトムシを捕りに行ったもんだよ」
夏休みの思い出は何か、と問われて帰ってきた答え。
でも別の答えもあった。
「俺らの頃はセミだったなぁ。カブトムシなんて滅多に居なくてな。むしろ買って手に入れるようなものだったぞ」
と。
「じゃあ、おじいちゃんはどっちだったの?」
孫の言葉に少し笑う。
「セミは居たな」
「へー。じゃあ、ぼくもしょうがっこうにはいって、なつやすみになったら、せみをとりにいくのかなぁ」
「そうだなぁ……。そうだと、いいなぁ……」
昔は、セミの声に夏を感じた。
煩くて、うっとうしくて、木陰を歩いていて、突然飛び出すセミに驚くこともあった。
今は、セミの声を聞くこともずいぶんと少なくなった。
周りに木が無いというのもあるかもしれない。
だが……。
「最近は暑いからか、セミは夕暮れに鳴くんだよなぁ」
数年前に聞いた噂話。
今はどうなっているのだろう?
昔は、川辺に行けば時折蛍を見た。
最後にその姿を見たのはいつだろうか。
初夏の訪れを知らせる蛍。夏を知らせるセミ。
秋を知らせるトンボ…………。いや、トンボは夏にもいるか。
虫取りなんて、大人になると嫌がるようなもんだが、子供にとっては楽しい遊び。
嫌いなら嫌いで構わないが、興味があるのならやらせあげたい。
当たり前に出来た体験が、貴重な体験になる前に。
「よし、今度じいちゃんと虫取りに行くか」
「え?」
「ホームセンターで虫取り網と虫かごを買って、車でぴゅーと行って、ぴゅーと帰ってこれば良い」
「え!? なつやすみじゃなくても、むしとりってしていいの?」
「ああ、もちろんだぞ。でも、虫の命は短いからな。捕まえて観察したら、逃がしてあげるんだぞ。持って帰ったらお母さんも驚くからな。じいちゃんとの約束だ」
「うん、わかったやくそくー!!」
お互いに小指を出して指切りをする。
ついでに弁当も用意してもらおう。
……いや、それは手間か? ドライブスルーの方が喜ぶか? 弁当を買うでもいいか?
カブトムシなんて、店でしか本物を見たことがない。
それは当たり前で、違和感なんて持たなかった。でも、このまま行けばもしかしたら、セミですら、将来はお店に並ぶ商品になるかもしれない。そう思ったら、なんとも言えない気持ちになる。
だからその前に、本物を見せて触らせてやりたい。
幼い頃の思い出の一つとして、昔から続く夏の思い出として、味わって欲しい。
テレビでしか聞くことがなくなったセミの声を実際に聞いて、感じて欲しい。
ああ、煩いなぁ。
夏だなぁ。
っていう、感慨を。
これから先この気候がどうなるか、馬鹿な俺には分からん。だが、それでも、当たり前のように経験してきた子供の頃の夏休みを、これから子供達が少しでも経験出来る事を願おう。
***
じっとりと生暖かい風。
揺れる木の葉。しかし、その音はあまり聞こえない。
「じいちゃん、セミ、うるさいねぇ!」
帽子に水筒。そして虫取り網に虫かご。
首には小型の扇風機。
今時の子供らしい格好の孫は初めて聞くのであろうセミの爆音に耳を押さえて驚いたように声を上げる。
「ああ、そうだな」
文句を言う孫の顔は、笑顔でもある。
それだけセミがいるのだという期待があるのだろう。
「セミだけじゃなくて蝶々もいるかもしれないな」
「おぉ!」
さらに目を輝かせる孫に俺は笑い、ふと思い出した事に膝を折る。
「あと、捕まえたやつは最後には逃がすのは約束だぞ」
「うん」
「お持ち帰りしたら、お母さんが泣くぞ」
「うん。すっごい、いっぱいいーっぱいいわれた~」
これは本当に約束だぞ? お持ち帰りしたら、絶対俺が怒られるからな。
それに、俺達の頃と違って、今の虫たちは本当にかわいそうだし、自然の中で平和に暮らしてもらいたいと思うからな。
……平和に暮らしてもらいたいと思うのなら、虫取りなんてさせるな。というのが虫側からの意見かもしれんが。
「じゃあ、さっそく捕るか」
「うん!」
嬉しそうに木々に近づく孫の後ろ姿を眺める。
この子が父親になり、ジジイになった時、この世界はどうなっているだろうか。
悪い事になっているとは限らない。
頭のいい人達が打開策を出してくるかもしれない。
建物の中に公園を作る時代だ。
もしかしたら先の時代では、街は地下に、地上は森になってるかもしれない。
だから、日本の夏の風物詩として、遠い未来でも虫取りが残っている事を願い、せめてセミの取り方くらいは教えたいと思う。
ミンミンと煩いセミの声。
今じゃ車を走らせて聞きにくる事になる。
「……ああ、夏だな……」
毎日暑くて暑くて仕方がないけれど、それでも今やっと、「夏が来たのだ」と体ではなく心のどこかで実感した。
日本の夏はこうでなくては、と。
夏の風物詩 夏木 @blue_b_natuki
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