第27話 痛く無ければ覚えていられぬ


 息の詰まる様な閉塞的な灰色の廊下を黙々と歩く無骨な一団、しわぶき一つ立てぬその様はまるで葬列か何かのように映るだろうか。


「ほら、俺が悪かったからそうむつけるな。それにしてもお前さん、見た目のわりに大分若いだろ」

「別に、拗ねては居ません。少々気恥ずかしいだけです」

「ならそれで良いから、ほれ、奴らも通り過ぎたぞ」


 一つの例外も無く空へと向けて掲げられた銃口、粛々と足並み揃えて進む様は正に軍靴の足音が聞こえるかの様だ。


 尤も、隊列を組んで動いているのは、足音の代わりに駆動音を響かせたロボットの哨戒部隊なのだが。


「それにしても、困りましたね。これ」


 自分が指差すその先、ぞろぞろと集団で動くロボット達の部隊は今までは出くわす事も無かった存在。無論幻の如く地よりいきなり生えて来た、などと言う訳ではなくあくまでもこの規模の部隊編成が今までは成されていなかった、との話ではあるのだが。


 であれば何故この様な部隊に出くわす事が増えたのかと言えば。


「まあ、十中八九さっきの戦闘が原因だろうな」


 と、ウッドワスの言う通りなのだろう。


 今までは重装ロボと出くわしても逃げの一手だったので分からなかっただけで、彼らも警報装置と同じように一定条件下で施設全体の警戒度を引き上げる能力を所有していた様なのだ。そんな相手を立て続けに倒したものだから一気に全体の難易度が上昇してしまったらしく、先ほどから見かけるのは盾のように張り出した装甲を纏った銃器を四丁揃え移動用のローラーに凶悪そうな爪を備えた警備ロボ、数えて五機編成による本気も本気の哨戒部隊の巡回ばかり。


 それもただの集団では無く、戦列を組んで前衛後衛に分かれての気合の入りっぷりだ。最悪は前衛部隊を残して後衛が救援を要請に向かいかねない程、練度も思考も高まっている。


「流石に、あれと連戦は息切れしても可笑しくありませんし、其処に重装まで入ったら前日よろしく逃げの一手ですね。おまけに今回は奥の手が出てくることもありません」

「最悪だな、お前さんでも無理か」


 おっさんの潤んだ瞳など誰が見たいと思うものか、剰え互いの身長差から自然と上目遣いになってしまうのが最悪だ。だからそんな眼で見ないで欲しい、無い袖は振れないのだ。

 

「期待しすぎです、コチラのレベルはまだ11ですよ。追加の呪文が幾つか有るだけです」


 流石にこれ以上、奥の手の在庫なんて有る訳なかろうが。どだい創意工夫が得意な側の人間では無いのだ、あくまでも見聞の中から今の自分にも再現可能な技術や手法をパクっているだけで、初出が自分だ等と思われても困ってしまう。それとて再現精度は低いのだから、あまり期待はし過ぎないで欲しい位だ。


「『雷魔法』は新しく覚えられたんだろ、なら効果的な魔法の一つや二つは存在しないのか」

「僕が覚えられたのは『初級雷撃魔術』です。……正直昨日までなら兎も角、今のあいつらに通用するかは怪しい所ですね」


 視点を変えて見た所でコチラからお出しできる情報にさして変わりは無い。悲しいかな自分の属するスキルテーブルとウッドワスの知るスキルテーブルは分類が異なるらしく、想定されていたスキルの組み合わせは出てこなかったのだ。どうやら初期に「魔術スキル」を取ったか「魔法スキル」を取ったかどうかで分岐するらしく、その上で魔術側を進んでいる人間の数が少ない所為であまり情報がネット上に上がって来ていないそうなのだ。

 

 少々解説を入れると『魔法スキル』は属性ごとに分かれており、スキルのレベルが上がるとその属性の魔法を段階を踏んで習得できるそうだ。それに対する『魔術スキル』は属性の他にも「等級」が存在し、それぞれ等級や属性によって『共振』のしやすさが異なっているそうで、有り体に言ってしまえば複数スキルの習得が前提になってしまっているらしいのだ。

 事実自分の保有している呪文の大半は他スキルとの『共振』によって出現した物であり、魔術スキル単体で使用できる呪文の数はそう多くはないが、ウッドワスの習得している呪文の数はスキル一つに付き今では十近くに上るとの事。

 何なら基本的に魔術スキル一つに付き一つの呪文しか搭載されていない初級魔術スキルと比べると、他のどんなスキルも選択肢が豊富に見えてしまうほどだ。


 勿論、スキルとスキルの組み合わせによる『共振』こそが魔術スキルの真骨頂であり、何ならこのゲームの醍醐味の一つと言える以上、魔術スキルが産廃などと言う輩が居る訳では無いのだが、初期段階でのビルドの組みやすさという点においてはどのスキルと比べてもはるか後方に位置すると言わざるを得ないだろう。


 だから、等と戯言を吐くつもりは毛頭ないが。


「正面突破しか今の所見えてないのは辛いな、出来ればボスの情報がもう少しあれば良いんだが」


 つらつらと脳内で無意味な議論を交わしていた内に、ウッドワスも何らかの結論を出したのだろう。話し出したのは先ほどまでとは似通ったようで異なる話題。


「今さら戻りますか?また来た頃にはこの倍の兵力になっていても不思議じゃありませんよ」


 まあ、前日に見たマップに関しても相当な広さを誇っていたのだ、情報の取りこぼしはあって然るべきだろう。問題は道中の戦闘が避けられないレベルで混雑しているその最中、来た道を戻る意義が有るのか否かだけだ。

 ……他にもある事が確定した別の詰め所を制圧して回るのは悪い案では無いとも思うが、延々走り続けながら血反吐を吐く様にして少しずつ敵兵を斬り殺していくのは、もう勘弁してほしい所だが。


「無理だと解っている事を聞き返すなよ、性格悪いぞ。……出たとこ勝負しかねえんだ、覚悟決めろや」

「僕の準備は終わっていますよ」

「ならさっさと外の出迎えどうにかしてくれ、俺が出向いたら蜂の巣だ」


 全く以って、ああ言えばこう言う人だ。素直に、任せた、の一言くらい言えない物か。

 まあそれが自分の仕事なのだ、文句を言い出す心算も無いがもう少しばかり快く送り出してはくれないのか、仕方ないからこの鬱憤は向こうの奴等にぶちまけるとしよう。


「じゃ、二分数えたら出て来てください。其処からはまた、ノンストップで推定ボスの居る『試験区画』まで一直線です」


 言うべき事はこの位で良いだろう、それ以上は時間の無駄だし何だかんだコチラも早く戦いたいのだ。


 今まさにコチラへ背を向け遠ざかろうとする一団目掛け、放たれた矢のように疾駆する。やはり自分にはこの方が性に合っているのだろう、我が事ながら抑えの効かぬ童の様に早鐘を打つ心臓に、つい苦笑が漏れてしまう。鉄錆色の魔力を纏った刀身が強かに鋼の装甲を打ち据えた音を嚆矢とし、そうして自分は最早幾度目かも分からぬ警備ロボとの戦闘に入ったのであった。





「本当に、二分足らずっで、殲滅、するとはな」

「息上がっていますよ、少しペース落としますか」

「そっれで、追い、つかれたら、本末、転倒だろっが!」

「はい、もう話し掛けませんので、息は二回吸って二回吐くの繰り返しでしててください」


 結局のところ、巡回の密度も頻度も増加させた警備をすり抜ける方法など存在せず。自分たちに出来る事と言えば息を潜めてやり過ごすか、はたまた見敵必殺視界に映るすべてを薙ぎ倒して行くかの二択のみ。

 その上で早々に戦闘音に惹かれてやって来た重装が視界に入った段階で、コチラの選択肢は一つのみと絞られてしまい、それもかなり不利な条件での逃走劇と相成ってしまったのである。


 走行中の攻撃は行えないように設定されている為か、向こうは遠距離武器を携えているにも関わらず延々コチラを追ってくるばかり。とは言えこれだけの数に追われながらではろくに剣も振れやしない以上、コチラから打って出る訳にも行かないのが痛し痒しか。


「済みませんが、手近な室内に籠って貰って宜しいですね!」


 返答を聴くより早く、開いていたドア目掛けてウッドワスの小さな身体を蹴り叩き込む。流石にこれ以上は一旦掃除せねばなるまいて。


 一瞬身動きの止まった隙を狙うように、四方八方から火線が伸びる。移動しながらの攻撃は出来ずとも照準を付ける程度は出来るらしく、その攻撃はやはりと言うべきか正確無比な代物であった。一体二体程度ならまだしも、十を軽く超えるような数からのそれは流石に回避し続けられる訳も無く、被弾覚悟で敵中へと切り込みにかかる。


 敵へと向き直ると共に肌を、命の上を舐め爆ぜる銃弾の群れ。嘗て味わっていた矢玉のそれと比べると実に無味乾燥な殺意であるが、それでも沸き立つ闘志の色に変わりは無い。

 眼前に翳した刀身を震わせ幾多の弾丸が空気の悲鳴と共に殺到するその様は、恰も蜜に群がる羽虫の如く怖気を催す光景だ。事実としてこれらが無数の屍を積み上げてきた事を思えば、全く以って人類の進歩と云うものは度し難い物だと痛感する。


 そんな文明の利器の前に身体を躍らせ、最低限、身中線に当たる射線からは身を引きつつも多少は肌と肉がこそげ落ちる事覚悟でいたが、思い出せばここはゲームの中の世界。当然の様に手足を貫通していく弾丸からは、霜焼けの時のような痛痒い感覚しか感じ取れず、ある種の期待外れすら感じてしまった程だ。確かに攻撃自体当たってはいるようで、コチラから確認できる体力バーの緑色が刻一刻と赤く変わっていくのは見えるのだが、何とも味気ない物では無いか。

 血が流れる事も無く、手足が千切れる訳でも無い。何と生温い戦場か、意気消沈し振り切った剣閃の無様さにすらほとほと嫌気が差してしまう。八つ当たりの様に振るった手に返るのは、鋼鉄を殴ったとは思えぬほどに軽い感覚。滾り返っていた筈の血潮が急速に冷えて、澱の様に荒んだ心の底に積もる様な感覚すら去来する始末。


 こうなってはもう仕方がない、仕方がないからもう一暴れする事にしよう。




 と、言う訳で。

 

「おい、何でまた重装と正面から切り結んで居たんだよお前さんは。一直線にボスの所に向かうんじゃなかったのか?」

「必要経費と言う奴ですよ、これは」


 まあ、つまりはそう言う事だ。

 ドット数ミリ分を残して赤に変わった体力も、戦闘中ズタボロになって放り捨てられた鉄剣も、半数近く使い込んでしまった回復剤の類いもすべてはボス戦に備えての必要経費と言う事だ。

 コチラとしては強化された重装ロボット相手にこれだけの損害で切り抜けられたのは、十二分に戦果として誇って良い事だと思うのだが、どうやら彼はそうは思っていないらしい。


「回復アイテムが尽きかけている気がするんだが、それでも必要だったのか?レベルは十分に上がっていたとも思うんだが、それでも必要だったのか、うん?」


 突き刺さる様な視線とは正にこの事。何時になく鋭い眼差しが向けられているが、はてどうした事なのだろうか、自分の独断専行は今に始まった事でもないのだが。

 そして鋭い視線の中には弾劾の色のみならず、猜疑の色が見え隠れしているのも気のせいではない筈だ。


「お前さんが情緒不安定なのは知っている。だが、この道中にそこまでお前さんの琴線に触れる様な物が有ったのか?そうだとしたら、何がお前さんをそこまでブレさせたんだ」


 ふむ、どうやら一連のアレコレはコチラの暴走癖を察知しての物だったらしい。

 だが、まあ今回は取り越し苦労の類いだろう。別段自分が先走った訳でも無ければ我を失う程に暴れ散らかした訳でも無し、十二分に理性的に振る舞った結果のそれなのだから。


「おう、それで真面な人間面してるのは本当に脱帽に値するんだが、出来れば俺の近くに居る間だけは抑えてくれると助かるぜ」

「まともですよ、

「そうは見えないから言ってんだよなぁ」


 切々と、溜め息混じりに吐き出されたそれは実に悲哀の籠った声音なのだが、申し訳ないがコチラも自分の状態は良く分かっている。その上でのこの発言なのだから、もう少し覚悟を決めておいて貰いたい所だ。

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