第28話 やられ役でもボスにはなれる


 謂われ無き罪によって投獄された自分達二人が脱獄の為に掘り当てた遺跡、その攻略の途中で問題が発生したりもしたのだが、何だかんだと力を合わせて数多の危機を潜り抜け、自分達は漸く本丸の攻略へと乗り出したのであった。


「おい、どこ見てやがる。そんな所に何か有るってのか?」


 ぶっきらぼうな口調ながらコチラを気遣う様子を見せるのは、ウッドワスという名の小男。まるでドワーフのような背格好をしているが、その実態は子供のような形をしているだけのおっさんである。

 その隣、シュッとした体型の純日本人風の美青年が自分こと『アスラ』のアバターなのだが、今現在はもっさりとした改造囚人服を着込んでいる為にあまり見られたくないのが心情だ。

 

「あったら困るなと思って。後は、カメラアングル的な物ですかね」

「……そういやお前さんは動画配信型だったか」

「そういうウッドワスさんはどうしているんですか?」


 このゲーム、月に十本の動画投稿で月々の利用料金を割引してくれるのだが、彼からその手の話題を聴いた事は確かになかった。実際誰も彼もが賛同している訳では無いのだろうが、それでも投稿するだけで割引になるのだから利用するだけ得だろうに。

 

 そうは言っても案外この『月に十本』というハードルが高く、現状のペースだと自分がこのノルマを達成するのは難しいと言わざるを得ないので、無暗に手を出すのはあまり良い考えではなかったかもしれないとは今更になって思うのだが。

 初期投資抜きでもこのゲーム月額料が高いのだ。或いはサービス精神豊富な訳は、そこの所に秘密があったのかもしれない。


「俺はやってないぞ。……仕事してると趣味に損得勘定を持ち込むのがバカらしくなって来てな、好きなように楽しむだけ楽しんでるよ」


 ……正直言って羨ましい考え方だ。自分も先々の事など考えずに遊んでいたいが、現実はそうは言ってはくれない。楽しむにも相応の対価が必要な以上どうにかして稼がねばならず、さりとて今の自分にできるのはこの程度のことくらいしか無いのだ。


「通りで、イベントあるって言うのにがっつかないとは思っていましたよ」

「ついでに言やあ、今の俺はアウトローだからな。手の内を晒さないに越したことは無い」


 いやはや全くその通りで。動画に上げるには自分の手札は余りに特殊すぎるらしく、今から修正のことを考えると頭が痛くなってきてしまいそうだとも。


 そんなこんなの話をしながら、ゆっくり慎重に歩を進める。

 幸か不幸か、先ほどの一騒動のお蔭でここら一帯を巡回していた警備ロボは軒並み鉄屑に変わったらしく、行けども行けども角張った特徴的なフォルムは見えもしない。

 尤も盛大に暴れまわったせいか、矢鱈とごつい機銃が壁の隙間からちらほら顔を覗かせる様になったのは痛し痒しか。


「そろそろ目的地周辺です、音声案内を終了します」

「こんな時に小ボケはいらん。そもそも言う程案内なんてしとらんかったろうに」


 緊張感を解そうと云うコチラの親切心だったのだが、近頃のおっさんには通じないようだ。


「そんな事より、準備は出来ているんだろうな」

「斬り込むだけのコチラに準備も糞もありませんよ、そう言うそちらこそ大丈夫なんでしょうね」


 軽口を叩き合いながらも己のすべき事だけは欠かさずに行う。プロフェッショナルとまでは言えないが、自分も彼も相応に場数は踏んでいる類いの人間だ。ここまで来て仕事を忘れるような詰まらないミスを犯す程、耄碌してはいないとも。


 小さな手鏡に映る光景は、暗い風景にぼんやり光る灯りが幾つかという実に侘しい代物で、ここにボスが居るなら十中八九灯りの近くにいる筈だろう。

 雑魚敵が小さめで中ボスが見上げる程の身長である事を鑑みれば、ボスの体躯はそれ以上の大きさになることは間違い無い筈。


 そうとなれば大体の位置取りも想像がつく。無論、手鏡のそれが正しく機能していれば、の話だが。

 とは言えそこを疑いだしては切りもない、向こうの準備も整った様だしさっさと突撃してしまおう。


「先行きます。そっちの様子を気に掛けられるかは分からないので、自助努力でどうにかしてください」

「ああ、いい加減お前さんの性格は理解したとも。精々邪魔にはならない様に立ち回るさ」


 その返事を聞くが早いか勢いよくドアを蹴破り室内へと突入する。今更コソコソ隠れた所で意味など無い、最後の戦いなのだから景気よく行かなければ話にならないだろう。

 それに合わせたのかどうかは兎も角、広々とした室内に突如として明かりが点る。どうせセンサーの類いでも埋め込まれていたのだろう。突入と同時に点灯した灯りに照らされて、今の今までベールに包まれていたボスの姿が盛大にお目見えしたのである。


 それは見上げるばかりの巨体を鋼で包み、大木を思わせる程重厚な手足を備えた鋼鉄の巨人。未来世界の強力な兵器と聞けば誰もが思い浮かべるような、正に『ロボット』そのものな見た目の存在であった。

 一瞬、ただの建造物として見落としてしまいそうな程に巨大極まりないそれが、而してボスとして、敵として認識できた要因はたった一つ。


 目が光ったのだ。


 こう、表現するのは色々な意味で憚られる音を響かせながら、巨人の顔の中央に据え付けられた一つ目に、ピンク色の光を灯してコチラへと向き直って来たからに他ならない。


 別段肩に方盾を着けているでも、パイプ付きの分割スカート装甲をもっている訳でも無いのだが、実際敵として見るならばその姿が一番分かりやすいのは確かな事だろう。少なくとも昨今の娯楽に疎い自分ですらも知っている程の造形なのだ、逆によくもまあこのビジュアルで出せた物である。権利関係は問題ないのだろうか。

 そう邪推している間にも、緑の巨人はその手に携えた軽機関銃の銃口をゆっくりとコチラに向けているのだが、まさかとは思うがこの巨体で、この重装備で飛び道具がメインウェポンと宣う気なのか。腰に据え付けられた斧らしき武装は飾りではあるまいに、初手銃撃は殺意が高すぎるのと違うか。


 腰だめに銃を構えた緑の巨人のその姿に、まさかまさかと戦々恐々とする間もなく、砲火と共に打ち出された銃弾が一直線にコチラへと飛来する。

 予想していたよりは幾分遅い感覚での連射に多少は救われた気分にもなるが、如何せん弾速と銃弾の口径を考えればそれは何の救いにもならない情報でしかなく、彼我の距離を考えれば今の自分に手出しできる距離でもない。

 故に必死になって足を動かし回避行動に専念するが、攻撃の糸口も掴めぬこの現状は歓迎せざる状況だ。できれば状況を好転させる為にもウッドワスに一手動いて貰いたいのだが、彼ではこの弾幕を切り抜けられぬ事を考えれば、今この状況で彼を動かす訳にも行かぬ。

 それを本人も判っているから動きを見せずに隠密しているとは思うのだが、それはそれとして手出しできずに避けるだけなのは実にフラストレーションの溜まる展開だ。


 それを知ってか知らずか気前良く銃弾をばら撒く緑の巨人。バラバラと足元目掛けて滝のように落ちる空薬莢の大きさが、彼我の戦力差をまざまざ見せ付けてくるようで堪らない。

 されど今の自分にはそれが一番の指標となりえる要素であり、悲しいかなそれ以外には意識を向ける余裕もないのだ。

 人の頭など容易く潰せそうなその鉄塊が耳に響く甲高い音を鳴り響かせるその中で、虎視眈々とその機会を狙っていると案外それは直ぐに到来してきたのである。


 絶え間なく流れ続けていた砲火と薬莢の交響曲、それが不意に止まったのだ。


 頭が弾切れのその語句をひねり出すより逸早く、身体は弾かれるように向きを変えて巨人の足元へと飛び出していく。

 ゆっくりとした、それでいて淀みのない給弾動作のその最中であっても流石は機械と云うべきか、素早く腰の斧を引き抜き構えるその仕草、堂に入った構えは相応の技工技術の賜物か。無骨ながらも確かな術理を感じさせる挙動が垣間見えただけに、それが実に残念でならない。


 左手一本で振り抜かれた巨大な斧、赤熱した刃はさぞかし殺傷力に優れるのだろう。あるいはこの質量差だ。正面からぶつかれば、刃など無くとも呆気なくこの五体は轢き潰されるに違いない。


 そう、あくまでもぶつかれば、の話。


 いくら離れていようとも、いくら回避に必死になっていようとも、巨大であるが故に挙動は逐一観察できる。それが人体を模した構造をしているのなら何を況や、自分に分からぬ筈がない。

 巨大であればあるほど咄嗟の軌道修正は効かぬもの、況してや人体の関節を模している以上可動域は極めて狭いのだから、端からまともに攻撃が当たる訳がないのだ。

 

 少し考えればわかる事だが、人体の構造上膝より下にある物に攻撃しようと思ったならば、先ずは手よりも先に足が出る物であり、いくら得物を持っていようとも足元に対して攻撃するのは達人であっても至難の技。

 これが喧嘩殺法もどきのような禄に合理もないような代物であれば別だったかもしれないが、悲しいかな緑の巨人のその挙動には真っ当な理合の息吹が宿っている。

 

 或いはこうも見事な技を振るうのだから、運営が想定していた相手は巨人と同程度の質量体積を持ち得る存在であった筈なのかもしれない。もしかするとこの遺跡を発掘してしまうその前に別の遺跡で同じような巨大ロボットを発見し、ここで盛大にSFじみた大立ち回りを演じる手筈であったのかもしれない。だとすればこの遺跡の情報の少なさにも合点がいくと言うものだ。

 

 そんな余所事を考えながらでも悠々斧刃を掻い潜れるほど、巨人の動きには隙がある。

 とは言えその先、巨木の如き両足と、それを鎧う分厚い装甲に対して有効打を持ち得ているかと問われれば、それはまた別の話になってしまうのだが。


「ぜりゃあ!」


 猿叫一つを伴として、大上段から唐竹割りの一撃を繰り出す。装甲の継ぎ目だとか、関節の可動域だとか、小難しい理屈は一切抜きで無心となって刃を振るったその結果。

 渾身の力を込めて振り下ろした鉄剣は、哀れ真ん中から真っ二つに折れてしまったでは無いか。挙句の果てに分厚い装甲には一筋の傷跡が残るばかりで、表面を軽く削ぐのが限度とくれば真正面から攻めに掛かるのは正気の沙汰とは言えないだろう。

 

 ドット数ミリ分も削れた来はしないのだが、それでもヘイトは買えたのか巨人の一つ目がぐるりと回ってコチラに向かう。

 実に絶望的な相手であるが、ここから逃げ出す為にも打ち倒さなくばならない相手だ。粉骨砕身全力で以ってお相手させて貰おうでは無いか。

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