第26話 期待する程失望も大きい


 詰め所にて中ボス相当の重装備ロボットを撃破した自分たちは、そのまま破竹の勢いで群がる警備ロボを撃破して、漸く次の目的地へ辿り着いたのだ。


「ウッドワス、そちらは収穫有りましたか」

「いや、残念ながら大した物は転がって無いな」


 しかし、残念な事に辿り着いた倉庫の中には求めていたような品はなく、致し方無しに現有戦力での最大障害の突破を余儀なくされたのである。


「取り敢えず、使えそうなアイテムの類いは分類しておきましたが、これでボスを突破できると思いますか?」


 眼の前に転がるのは雑多な日用品の数々。内訳としては缶詰の類いが大半だが、中には薬品の瓶や用途不明な器具の類いも混じっている。

 とは言えそういった実用品は当たりの部類に入る代物だろう、何せ自分たちの後方にはその数倍にも匹敵する量の廃棄物の山が築かれてしまっているのだ。選別作業だけでどれほどの時間を使った事か。


「正味、攻略のカギになりそうな物はないな。……創意工夫でどうにかするのか、それともギミック無視のパワータイプなのか、これでは判断できないぞ」


 自分の隣、腰ほどの高さにあるウッドワスのつむじを見下ろしながら見解を尋ねるが、芳しい答えが返ってくる筈もなく、口から出るのは空しいばかりのため息だけ。

 なにせ、想定十は上と見積もっていたボスとのレベル差だが、スペックゴリ押しのボスの場合二十やそこらの差では利かない事になりかねず、二人きりでの攻略は絶望的になってしまうのだ。


「何か、作れそうな物で攻略に役立ちそうな物も無さそうですか?」

「無いな。……簡単な装備や回復アイテムなら兎も角、覿面に役立ちそうな代物は作れそうにないぞ」


 簡易的とは言え出先で物を作れるだけの技能の有る人間の話なのだ、素人のコチラが口を挟むまでもなくその程度は計算の内な筈。それがこの様に言うのであるからして、本当にギミックの類いは存在しないのだろう。

 

 そうとなれば、詰め所への襲撃は些かならず軽率な行動であった可能性が高くなる。


「取り敢えず、回復手段が潤沢な事は救いだろうて。こっちの回復はアイテム頼りなんだ。前衛に立つお前さんを優先はするが、二人して持てるだけ持って行くぞ」


 その事は理解しているだろうに、責めるような文言一つなく先の事に話を進めるウッドワス。戦力としてコチラを頼りにしているとの言葉は嘘偽りなき本心なのだろうが、それはそれとして貸し借りでコチラを動かそうとの魂胆は皆無な所に好感がおける。

 

 事が済んだらフレンド登録を申し出てみようか。それとも今さらながらの事なのだろうか。


「じゃあ、しょうがないので上げれるだけレベル上げて挑みましょうか」


 幸いなことに警報の作動で変わった事は雑魚の武装が追加された事と、重装ロボットの徘徊率が多少上昇した事くらいのもの。重装は面倒な相手ではあるが、今の状況なら対処できない相手でも無く、経験値的においしい相手と云えなくもない。

 出来ればもう少しばかり刈り取って、レベルを十の大台に乗せておきたい気持ちもある。機械が相手ならばあのスキルが最大限に効果を発揮する筈であり、所得方法もウッドワスに聞いたのであと一つレベルが上がれば取れる状態にはあるそうなのだ。


 手元の剣はいい加減に草臥れてはいるものの後一戦程度ならば持つ筈であり、新しく拾った武器の事も考えれば三体程度ならば戦っても問題無い筈。


「今さらレベル上げだと、ふざけてるのか?……って、普通なら言うところだが、お前さんは普通じゃないからな。仕方ないから付き合ってやるよ」


 深々と、本当に呆れる程に深い溜め息を吐いたウッドワスだが、その顔には隠せぬほどに喜悦の色が広がっている。

 そこまで期待される様な物でもないのだが、それはそれとして貰えるものは貰っておこう。願いも呪いも、いずれは生者の路を彩る華となるのだから。


「じゃ、軽く二戦程重装と戯れて来ましょうか。それで駄目なら警備ロボのおかわりで」

「出来れば通路の様な場所で戦いたい所だな、こっちに来ないだけで魔法の使用頻度を上げられる」

「なら、上手い事釣って来ましょう。多ければそちらにお裾分けしてあげますよ」


 そうと決まれば善は急げだ、早速行動に移るとしよう。

 どうせウッドワスはここで呪文の詠唱をしてから出てくるのだろうから、先に適当な獲物を見繕ってくればいい筈。何なら取り巻きの処理の事も考えて、多少は遠出をしてみた方がいいだろうか。


 一人廊下を走る自分の背中に何か声を掛けられたような気がしないでもないが、恐らく激励か何かの言葉だろう。その分働きで返さなければなるまい。

 出会い頭に剣戟で吹き飛ばした警備ロボットの行方を見つつ、一層気を引き締めて掛からねばと内心そう思うのであった。




 

「確かに俺は、詠唱の時間が欲しいとは言ったぞ。……だからと言って時間差で到着するように、二体も重装ロボを惹き付けて来なくても良かったんじゃないのか、あ˝ぁ˝!」


 薄灰色の床を舐める様に踊る火花、その出所はと視線を送ればその先にあるのは骸と化した重装ロボットたちの残骸、焼け焦げ破断した装甲の隙間からは何やら身体に悪そうな色合いの液体が漏れている。実際身体には悪いようで、先ほど舐めてみた際には微弱な毒効果が付与されてしまい、稀少な状態異常回復のアイテムを使用しなければならなかった程だ。

 視線を逸らしたついでに話の筋も逸れてはくれない物かと遠くの景色を眺めてみるも、其処に在ったのは点々と転がる警備ロボットたちの残骸が。幾つあるのかは数えたくない程転がっているが、自分でなくウッドワスのレベルが上がってしまう程度には激戦だったと云っておこう。


「一応弁解しておきますが、あの展開はコチラとしても予想外だったんですよ。まさか、戦闘中でも装備が更新されるなんて誰も思わないじゃないですか」


 まったく、とんだサプライズもあったものだ。


「そこは置いておくとしてだ、何で二体一気に呼んで来たんだよ。お前さん、自分で軽くって言っておいて、どこも軽くないだろうが」

「まあ確かに、多少損耗は嵩みましたが、まだ許容範囲内の筈です。もう一戦程度は行けるでしょう?」

「お前さんなら、だろ。……種も仕掛けも分かりはしないが、が魔法の類いじゃない事だけは分かり切った事だからな」


 呆れたような、或いはなんとも言い難い生暖かさを湛えたような色の視線を向けてウッドワスは言うが、そんなふうに見られるほどおかしな事をしているのだろうか。


「このゲームだから許容されるだろうが、他でやってたら反則チート扱いは免れないだろうな」

「そんなにですか?」

「そんなに、だ」


 食い気味に聞き返したコチラの発言に更に被せるようにして返された言葉、苦虫を噛み潰した様な表情を見るに冗談の類ではないのだろう。


「そもそもこのゲーム自体が公式にチートを推奨しているような代物だから、多少おかしな事をしていようとも目くじら立てられるような事も少ないが、それを加味したとしてもあまり濫りに振るわん方がいいぞ、その力は」


 むっつりと引き結んだ唇からぽつぽつと溢すように語るその姿は、平易に言ってしまえば言葉を選びに選んでいると云った所だろうか。腕組黙するその姿はまさに寡黙で実直なドワーフ像斯くあるべし。これで中身が魔法使い崩れの盗賊でなければ実に絵になったのだが、現実はそう甘くはないという事か。そもそもこの男はドワーフでも何でもないのだが。


「俺の使う魔法がそうであるように、魔法は『ルーン』によって齎される力だ。その方向性は千差万別だが根本の在り方は変わらない以上、そして俺達の持ち得る『ルーン』の数に限りがある以上はどうしたって一個人が振るえる力のは一方向に偏るもんだ」


 そう、いつになく真面目なその面を茶化そうと身構えていたのだが、その口から溢れるのは想定以上に深刻そうな内容の羅列。


「魔法の効果にもよるだろうが、『自己強化』と『強力な武器へのエンチャント』、それに加えて『魔眼のような眼』。この三つを同時に満たせるような属性や概念を持つだろう『ルーン』など、今の俺には想像もつかん」


「まあ、だからと言ってお前さんが何か不正な事をしていると考えるつもりは俺にはないが、他の奴らもそう考えるかも俺には分からんしな。……普段から左目を瞑っている辺り、そこら辺に秘密が隠されているんだろうが暴こうとは思わんよ。真似したくもないしな」


「だが、誰もがそう考える訳じゃないんだ。バレないように動くのは利口だが、それならもっと徹底するべきだな」


 ……ふむ。つまりは、何だ。


「僕の事を心配してくれているんですか?」


 音が鳴ったように感じるほど、いっそ潔いほどの勢いで背けられた顔が自分の問への答えだろう。


「へー、ふーん、ほほーう」


 今の自分の顔は人様には見せられないような様相になっているに違いないと、そう断言してしまえる程に相好が崩れているのが分かってしまう。咄嗟に頬に当てた手は何の為の手だったのか迄は分からずとも、胸中に蟠る感情が喜ばしい物である事もまた同じく。


「仕方がないですね、少しは手加減してあげましょう。休憩はもう十分追加で良いですね」


 致し方がない、致し方がないのだ。今の自分の身の回りにいるのは事情を理解して触れずに居てくれる義父ちちか、事情を知らぬなりに触れぬように気を使ってくれている継母ははくらいのものであり、彼のようにコチラの事情を知らずとも単純にお節介から心配してくれるような間柄の人物とは、とんとご無沙汰だったのだ。

 

 もっと言えば、純粋に、下心なく裏心なく、腫れ物に触るでもなく心配する言葉を届けてくれたのは、きっと還って来てからはウッドワスが初めての筈。


 故に、じゃれ付くような勢いで、甘えるように軽口を叩いたのは全て彼が悪いのだ。


「せめて、その三倍は欲しいぞ。と言うかお前さんの回復力が異常なだけで、普通の魔法使いはこんな物だからな。あまり他所で人外感を披露するなよ」


 そしてそんな健気な自分の心意気を無下にしたのだから、横っ面を引っ叩かれたのは当然の出来事なのである。

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