第10話 私と天狐さんの新しい関係
伊央利から天狐さんのことを聞いてから、次の日の早朝。
私はいつものように学校へと向かっていた。
「あ……」
相変わらず混み合う駅内。
学生だらけの人混みの中で、前方を歩く一人の少女の姿がふと目に入る。
私と同じ制服、人混みの中でも目を引く身長、少し赤みがかった長い髪……。
「天狐さん!」
私は考えるよりも先に駆け出していた。
きっと、天狐さんに会えて嬉しかったんだと思う。
私の声でビクッと飛び跳ねる天狐さんの肩。
そして、私を待つみたいにその場で立ち止まる。
「天狐さん……え、っと……」
――あれ?言葉が出てこない……。
しゃべりたいことはたくさんあった。
でも、いざ天狐さんを目の前にすると頭が真っ白になる。
「……お、おはよう」
結局、こんな言葉しか出てこなかった。
それも、まるで初対面みたいに強張っている。
「……」
天狐さんは私に背を向けたまま、何も言わない。
「天狐さん?」
「……」
天狐さんは何も言わず、足早に私から遠ざかっていく。
まるで、私から逃げるみたいに。
――天狐さん!
追いかけようと思えば、追いかけられた。
でも、しなかった……できなかった。
だって、追いかけたところでどんな言葉をかければいいか、分からなかったから。
***
『私はどうしたいんだろう?』
ずっと考え続けているけど、その答えは出ないままだ。
そして、気付けば放課後になっていた。
あれから、天狐さんとは言葉を交わせていない。
目を合わすことさえできていない。
「……」
天狐さんの席には、天狐さんの鞄だけが残されている。
――天狐さんと他人になっちゃったみたい……。
「もしかして、このまま私たちって終わっちゃうのかな?」
このまま会話がなくなって、関りも少しずつ薄れていって……。
そうして、私と天狐さんは本当にただの他人になってしまう。
「……そんなの、絶対に嫌だ」
その言葉と同時に、私は教室を飛び出していた。
まだ答えは見つかっていない。
何を話せばいいのかも分かんない。
でも、だからってここで立ち止まっていても仕方がない。
――私の思いを天狐さんに伝えなきゃ!天狐さんとの繋がりが消えちゃう前に!
***
私は人気のなくなった階段を一気に駆け上がる。
そして勢いそのままに、階段を上り切ったその先にある鉄製の扉に手をかける。
「天狐さん!」
そこに天狐さんの姿はなくて、私の声だけが屋上に響き渡る。
「いない?じゃあ、何で鍵が開いて……?」
普段、鍵がかけられている屋上。
誰も居ないのに鍵が開いているなんてことは絶対にないはずだ。
ザッ……。
「っ!?」
背後から、何かの気配を感じ取る。
振り向くと、塔屋から天狐さんが飛び掛かってきていて……。
「……痛っ!?」
天狐さんに押し倒されて、私は床に叩きつけられる。
「天狐さん、いきなり何!?」
「ふーっ!ふーっ……!」
狐耳と尻尾をピンと立たせながら、毛を目一杯逆立てる天狐さん。
目は血走っていて、呼吸は獣が唸っているみたいに荒々しい。
「すぐに終わるから。大人しくしていて……」
そう言って、天狐さんは私の目の前に手を突き出す。
その手は今まさに指を鳴らそうとしている。
――まさか、白昼夢の術!?
「……さようなら、化狩さん」
「ダメっ!」
指が鳴らされる直前、私の手が天狐さんの手を抑え込む。
指を動かせないようにしっかり握りしめたから、これで指は鳴らせない。
「……放して!」
「放さない!そもそも、その術を何に使う気なの?さようならって、どういうこと?」
「……」
「私の質問に答えてよ!」
「……」
顔をうつむかせて、沈黙する天狐さん。
すると、しんと静まり返る屋上に天狐さんの嗚咽が響き渡る。
「……だって、嫌なの」
天狐さんは崩れ落ちるように、頭を私の胸にもたれかからせる。
「あなたを失いたくないの。手の届かないところに行ってほしくないの」
「天狐さん、私はどこにも行かないよ?」
「嘘よ!本当は、私のことを気持ち悪いって思っているのでしょう?私に裏切られたって思っているのでしょう?」
そう叫びながら、私を睨みつける天狐さん。
瞳には大粒の涙がいくつも溢れていて、雨のように私の胸に滴り落ちる。
「お願いだから、記憶を消させて。出会うところからやり直させて……今度はあなたを裏切らないから。この気持ちはちゃんと隠し通して見せるから……」
天狐さんはすごく苦しそうだった。
聞いている私まで胸が潰されそうになる。
「化狩さん、私の前からいなくならないで。今、あなたがいなくなったら、私は……もう生きていけない……」
涙を流し続けながら、天狐さんは私の制服を握りしめる。
「大丈夫。私はどこにも行かないし、天狐さんを否定したりもしないよ」
私は天狐さんの身体をそっと抱き寄せて、頭を撫でる。
割れ物を触るみたいに、そっと優しく。
「……化狩さんは私のことを気持ち悪いと思わないの?私、同性のあなたに特別な感情を抱いているのよ?」
「思わないよ。誰が何を好きになっても、それはその人の自由だろうし」
私はちょっと顔が熱くなってくるのを感じながら、さらにこう続ける。
「それに天狐さんが私を好きだって知って、私はむしろ……嬉しかった……」
「え?」
バッと顔を上げて、私の顔を覗き込んでくる天狐さん。
「ああ、待って!恋愛的な意味かは私にも分かんないから!恋愛経験ゼロで、ハッキリとは言えない!」
「はあ、あなたって人は……」
溜息をつく天狐さん。
でも、その涙に濡れた柔らかい笑みが浮かんでいる。
気持ちを伝えるなら、きっとここだ。
「私、天狐さんがいない間すごく寂しかった。ずっと会いたくてたまらなかった」
感情が胸の奥からブワッと溢れてきて、無意識に天狐さんを抱きしめる腕に力が入る。
「私は天狐さんのことが好き。さっきも言ったけど、友情なのか愛情なのかはまだ分かんない。でも、この気持ちにきちんと向き合っていきたいし、大切にしていきたい!」
天狐さんは静かに耳を傾けてくれる。
その目はすごく真剣で、だからこそ、一言一言の重みがいつもの数倍くらい重いように感じる。
「でも、ここで『お付き合いしよう』とは言えない。言いたくないんだ。だって、なあなあな気持ちで天狐さんと付き合いたくないから」
「……そうね。私もそれは違うと思うわ」
「だから、具体的にどうって言うのはないんだけど……えっと、その……」
「……なら、私が頑張らないとね」
次の瞬間、天狐さんの顔が一気に近付いてきて……。
「「……」」
お互いの鼻先がくっつくくらいの至近距離で急停止。
いきなりのことでビックリした私は声も出せない。
――ち、近っ……!
あとちょっとだけ顔を近づけば、唇が触れ合う。
でも、相手が天狐さんだからか、こんなに近付かれても嫌悪感は湧かない。
「あ、うう……」
そうして見つめ合っていると、天狐さんの顔が段々と茹だっていく。
ここまで頑張ったけど、あと一歩が恥ずかしくて踏み出せないみたい。
――天狐さんらしいね。可愛い。
胸をキュッと締め付けられて、なんだか無性に頭を優しく撫でてあげたくなる。
モフモフを前にした時と似ているような、でもちょっと違うような……。
「天狐さん、ゆっくりでいいよ。私、いつまでも待ってるから」
「……ありがとう」
震えた声で頷く天狐さん。
すると、天狐さんからふわりと甘い香水みたいな香りが漂ってくる。
天狐さんの大好きから来るフェロモンの香りだ。
「す、するわね……」
その一言の直後、天狐さんは恐る恐るといった感じでゆっくりと顔を近付けてくる。
そして、私の唇と天狐さんの唇の先がそっと触れ合う。
――これが、キス。こんなに感じなんだ……。
人生初のキス。
唇を重ねていたのは一秒にも満たないけど、天狐さんの唇の感触が私の唇にいつまでも残り続けている。
――なんだか幸せな気分になる。
相手が天狐さんだからだろうか。
胸の奥から「幸せ」な感覚が溢れてくる。
――これが恋?
初めてのキスだから分からない。
だから、もっとたくさんキスをしてその正体を確かめたい。
「ねえ、天狐さん。もう一回……」
「きゅ~~……」
「て、天狐さん!?」
気の抜けた声を上げて、狐の姿に戻る天狐さん。
しかも、そのまま目を回して気絶。
「……全然起きないんだけど。キスしただけで気絶しちゃうとか、流石に耐性なさすぎじゃない?」
いくら身体を揺すっても、起きる気配がない天狐さん。
こんな状態で天狐さんは一体どう私と付き合うつもりだったんだろうか。
「お互い、まだまだ課題ばっかりだね」
私と天狐さんが本当に付き合うまでの道のりはもう少しありそうだ。
でも、私たちなら乗り越えられる気がする。
「……とりあえず、お疲れ様。頑張ったね」
きっと恥ずかしくてたまらなかったのに、それでも私のために勇気を振り絞ってくれた天狐さんへ、労いの膝枕。
「ニシシ。相変わらずモフモフ〜♡」
当然、こんな絶好のモフモフチャンスを逃す私じゃない。
天狐さんをマッサージで労いながら、私も癒される。
「……好きだよ、天狐さん。天狐さんの恋人になれるように頑張るから。だから、これから天狐さんの好きを沢山教えてね」
今できる限りの私の好きを詰め込んで天狐さんに囁く。
すると、天狐さんは気持ちよさそうな寝顔を作りながら、「くぅーん」と可愛い鳴き声で返事をするのだった。
天狐さんを化かしたい 〜I want to MOFUMOFU Amagi−san〜 夏黄ひまわり @natukihimawari
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