第8-2話 天狐さんの巫女姿が見たい。

「お庭もお家も全部が大きい……」


 改めて、この天狐さんの家の大きさにビックリする私。


 庭の広さは住宅街にある公園レベル。

 屋敷の方はそれよりも広そう。


「天狐さんの家って、お金持ちだったんだね」

「……お金持ちというよりは、歴史が長いのよ」

「長いってどれくらい?百年くらい?」

「およそ四百年よ」

「よ、四百年っ!?」


 あまりに予想外の数字に声が裏返る。


「四百年前ってことは、えっと……戦国時代?」

「平安時代よ。これくらい中学校で習った範囲でしょう?」

「受験勉強でやった気がするけど……もう覚えてないや……」

「まったく、あなたって人は……」


 頭を抱えるながら、深い溜息をつく天狐さん。


「今日は日本史の勉強をしたほうがいいかしら?」

「ええ!?天狐さん、それマジで言ってる!?」

「……冗談よ」


 天狐さんはクスクスと笑う。

 天狐さんに化かされた気分で、ちょっと悔しい。


「さあ、ここが私の部屋よ」

「お邪魔します」


 迷路みたいな屋敷の中を歩き回って、ようやく天狐さんの部屋に到着。

 狐が描かれたふすまを開けると、そこには畳の匂いがほのかに香る和室が広がっていた。


「テスト勉強の時にチラッと見えてたけど、やっぱりオシャレな部屋!」

「……そうかしら?」


 年季の入った木製の家具たちが古風で温かい雰囲気を醸している。

 まるで文豪が住んでいそうな部屋だ。


「ん?あれは……」


 ローテーブルの上には、すごく高そうな漆塗りの木箱が一つ。

 黒漆の中で金色の狐と鳥居が、キラキラと光り輝いている。


「すごい綺麗……」

「……」


 木箱を眺めていると、突然天狐さんが木箱に布を覆いかぶせる。


「天狐さん?何で隠すの?」

「……隠してないわ。埃がかからないようにしただけ」


 ――絶対何か隠してる。


 きっとあの箱には、天狐さんが隠したくなる何かがあるに違いない。


「あ、巫女服……」


 宮川先生が言っていたことを思い出す私。

 すると、天狐さんは「えっ!?」と声を上げて、目を丸くさせる。


「どうして巫女服のことを……あっ!?あの人から聞いたのね!」

「うん、聞いた」

「あの馬鹿従姉……っ!?どこまで聞いたの?何を聞いたの?」


 天狐さんはものすごい圧で、私に顔を近付けてくる。


「えっと、ここの神社の巫女服はデザインが一人一人違うことと、天狐さんの巫女服がすごい可愛いことかな」

「ああもう、本当にあの人は……」


 両手で頭を押さえて、特大の溜息をつく天狐さん。


「ねえ、化狩さん。お願いだから、巫女服のことは忘れて」

「ええ、何で?」

「……ないのよ」


 天狐さんの声はすごく小さくて、全然聞き取れない。


「え?何て言ったの?」

「だから、私にあの服は似合わないのよ!絶望的にっ!」

「いやいや、天狐さんは美人なんだし、似合わないなんて嘘でしょ!」

「び、美人……っ!?」


 声を震わせながら、顔を真っ赤にさせる天狐さん。

 続いてそのまま、ポフンと狐の姿に変身する。


「あなた、私をそんな風に思っていたの!?」

「そりゃ、そうでしょ」


 天狐さんは同年代の中でもトップクラスの美人。

 私だけでなく、クラスメイトもみんなそう思ってる。


「……ねえ、化狩さんは見たいの?私の巫女姿」

「うん、見たい!」


『あと、巫女姿でモフモフさせて!』


 と言いたいけど、絶対「着ない!」って言われるのがオチだから、ここはあえて黙っておく。


「……そこまで言うなら、仕方ないわね」


 数秒の沈黙の後、人の姿に戻った天狐さんは木箱を手に取る。


「もう一度言うけれど、絶望的に似合っていないから。笑ったら承知しないわよ」

「笑わないよ、絶対」

「……絶対よ?」


 目を細めて、私の顔をジーッと覗き込む天狐さん。


「……ねえ、早く部屋から出てくれないかしら?着替えられないわ」

「あ、ごめん!今すぐ出てくね!」


 私は慌てて廊下に飛び出して、天狐さんを待つことにした。


 ***


 ――天狐さんの家って、すごく静かだな。広いからかな?


 廊下は薄暗くて、しんと静まり返っている。


「……」


 ピリついた空気と冷たい空気が入り混じった不思議な空気感に、段々と心がざわざわしてくる。


 落ち着かなくて、なんとなく正座。

 何で正座をしたのかは、私もよく分からない。


 シュルシュル……。


「……っ!?」


 ――この音、まさか……天狐さんが着替えてる音!?


 襖の向こうから、衣服の擦れる音が聞こえてくる。


 袴をポスンと落として、帯もスルスルと解き、一枚一枚着物を脱ぎ下ろしていく。

 そして、着物の隙間から、天狐さんの白い肌が見えてきて……。


 ――って、待て私!なんてことを妄想してんの!?


 私は慌てて妄想を振り払う。


「顔、熱っ……私の馬鹿……」


 ――友達で妄想しちゃうとはなんて失礼な。しかも、あんな、は……破廉恥な妄想を……。


 着物を脱ぐ天狐さんの姿がまた私の脳裏を過ぎる。


 ――ヤバい。思い出したら、また顔が熱くなってきた……。


 私って奴は最低すぎる。


「……化狩さん、終わったわよ」

「あ、は……はい!」


 ガラッと襖が開いて、天狐さんが顔を出す。


 タイミング最悪。

 今顔を見られたら、絶対友達終わっちゃう。


「化狩さん?どうしたの?早く入って」

「うん、入るから……中で待ってて」

「……ねえ、なんだか様子が変よ。どうしたの?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる天狐さん。


「天狐さん、ちょっと待っ……え、嘘っ!?」


 ――足が、痺れてっ!?


 天狐さんから逃げようとした瞬間、痺れていることに気付く。

 感覚が完全になくなった足は、床を踏む感覚さえ感じない。


「わわっ!?」

「化狩さん!」


 次の瞬間、私はバランスを崩して倒れ込む。


「天狐さん……!?」


 気が付くと、私は天狐さんの腕の中にいた。


「化狩さん、怪我はない……?」

「うん……」

「……よかった」


 私たちの視線がパチッと重なる。

 天狐さんの瞳に映る私の顔は、自分でも見たことないくらい真っ赤。


 自分の今の状態を意識すればするほど、心臓が早くなっていく。

 

「天狐さん、お願いだから見ないで!今はマジでダメ!」


 天狐さんの顔の前に両手を突き出して、顔を見えないようにする。


 ――ヤバい。早く説明しないと、天狐さんと友達じゃなくなっちゃう!


「これは、その……私、待ってる間に天狐さんの妄想しちゃって。それでめっちゃ顔赤いところに、天狐さんが来て、足が痺れて転んじゃって……それで色々感情が渋滞してて……」


 私は馬鹿だ。

 しゃべらなきゃいいことも全部しゃべっちゃってる。

 それに、早口すぎて、必死なのがにじみ出てかなりキモイ。


「ごめん、天狐さん。たまたま着替えの音が聞こえてきちゃって……本当はそんな妄想、する気なんてなかったんだけど……」

「……」


 手で顔を隠してるから、天狐さんの表情は見えない。

 でも、天狐さんのことだから怒ってそう。


「天狐さん、ごめん。友達に変な妄想されるとか気分悪いよね……次は気を付けるから、本当にごめんなさい!」


 その時、フワッと甘い香りが鼻を抜ける。


 ――香水……?


 花の蜜のような甘くて、柑橘のような爽やかな香り。

 すごく気持ちよくて、落ち着く香りだ。


「……」

「天狐さん?何で返事をしてくれないの?」

「うわっ!?メス臭……っ!?」


 突然、近くの部屋の襖が開いて、少女の声が廊下に響き渡る。


「おい、姉貴!また姉貴のフェロモンが廊下に漏れてんぞ!エロい妄想する時はちゃんと換気しろって、何度も言ってんだろ!こっちは受験生だってこと分かってんだ、ろ……」


 黒い袴にヘッドホンという変わった格好をした少女が大声で叫びながら、部屋から出てくる。

 そして、彼女は廊下で重なり合う私たちを見て、言葉を失う。


「あぁ……?これはどういう状況?」

「え、誰?」


 いや、今はそれよりも……。


「天狐さん、『フェロモン』って何?それに『また』ってどういうこと?」


 恐る恐る手を下ろすと、真っ赤に顔を火照らせた天狐さんの顔が現れる。

 その目には大量の涙が溜まっていて……。


「〜〜〜っ!!」

「天狐さんっ!」


 天狐さんは声にならない悲鳴を上げながら、狐になって廊下を全力疾走。

 あっという間に私の目の前から消えてしまう。


「……しくった。今日、お客が来るすっかり忘れた。完全にアタシのやらかしだわ」


 ぶつぶつ言いながら、頭を掻く少女。


「先輩。来てくれたところ悪いけど、帰ってくんないかな?」

「待って!天狐さんをあのままにはできないよ!」

「アタシも姉貴と話をさせたいのは山々なんだけどよ……ああなった姉貴はしばらく帰ってこないし、頭バグってっから、家族のアタシらでもどこ行ったか見当つかねえんだわ」

「それ大丈夫なの!?」

「大丈夫、大丈夫。この辺りで狐狩る馬鹿はいねえし、姉貴はうちらの中でもサバイバル力はトップだしさ」


 よくあることなのだろうか。

 少女は焦るどころか、笑っている。


「でも……」

「おいおい、大丈夫だって言ってんだろ?先輩は頑固だな。それとも心配性か?」


 少女はケラケラと笑う。


「……でもな、忘れんなよ。先輩は人間で、アタシらは化け狐だ」


 少女はおもむろに指先を向ける。


「人間相手にしてる気でいると、痛い目見るぜ?」


 パチン。

 少女は指を鳴らす。


 ――え?


 気が付くと、私は自分の部屋にいた。

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