第8-1話 天狐さんの巫女姿が見たい。

「私、あなたの家に行きたいわ」


 ――え?天狐さんが、うちに来る……?


 まさか、天狐さんの方から何かを提案してくるなんて。

 ビックリを通り越して、感動しちゃう。


 だけど……。


「ごめん。うちはダメかな」

「へ……?」


 天狐さんは口を開けたまま、ぽかーんと固まってしまう。

 どうやら、断られる可能性を考えてなかったみたい。


「だって、うちって豆腐屋だし……」


 万が一でもペットの毛が食品に入ったら、大問題だ。


「……でも、化狩さんは毎日私と一緒にいるじゃない。それに猫カフェにも行っていなかった?」

「そうけど、コロコロでちゃんと対策してるから」

「なら、私も――」

「じゃあ、家では狐にならないって誓える?」

「……っ」


 天狐さんは言葉を詰まらせる。

 こうなるのは、当然分かってて聞いた私。


「そういうわけだから、本当にごめんね」

「……」


 天狐さんは納得いかないのを目で訴えてくる。

 でも、これだけはどうにもならない。


「ねえ、天狐さんは何でうちに来たいの?」

「それは……その……」


 尻尾をくねらせながら、モジモジする天狐さん。


「よく分かんないけど、私が天狐さんのうちに行くとかではダメなのかな?」

「……っ!?」


 私の言葉を聞いた途端、天狐さんの耳と尻尾がピョコンと跳び上がる。


「……来てくれるの?」

「え?全然行くよ」

「……っ!!」


 天狐さんは目をキラキラと輝かせて、尻尾も思わずフリフリ。

 よっぽど学校の外で会えるのが嬉しみみたい。


 こうして、天狐さんに嫉妬させた罰?として、私は天狐さんの家に行くことになった。


 ***


 数日後の休日、私は天狐さんの家へと向かった。

 電車を何本か乗り継いで辿り着いたのは、自然豊かな田舎町。


「ここが天狐さんのお家?え、でかすぎない……?」


 教えてもらった住所に向かうと、そこにあったのは高い塀に囲まれた和の趣を感じるお屋敷。


「天狐さんって、こんなところに住んでるんだ……これ、私が入って大丈夫かな……?」


 靴の揃え方とか間違えたら怒られる、そんなイメージが脳裏を過る。


「……開かない。インターホンってこと?」


 屋敷の中と外を隔てる立派な門は鍵がかかっている。

 門のわきには、見慣れたインターホンの姿。


 ――普通に押せばいいんだよね……?

 

 インターホンを押すのも何かを礼儀がありそうで、押すのをためらう私。

 

「Good morning!友理、おはようです!」


 インターホンの前で四苦八苦していると、聞き慣れた声を耳にする。


「宮川先生!?」


 振り返ると、宮川先生が全力で手を振りながら、こっちに駆け寄ってきていた。


 休日仕様の宮川先生はタンクトップにショートパンツと露出度高めな。

 ちょっと目のやり場に困る。


「先生!何でここに!?」

「今日はおばさんたちのお手伝いに来ました!」

「お手伝い?」

「Shrine maiden's job。巫女さんのお仕事です!」


 宮川先生が指さした先には、小高い山。

 よく見ると、木々の隙間から真っ赤な鳥居が見える。


「あそこの天狐神社は慧のお母さん――おばさんが神主やってる神社です」

「え!?天狐さんちって神社の家系だったの!?」


 初耳でビックリ。


「Yes。そうです。詳しいことは、慧に聞くといいですよ」


 宮川先生は何の迷いもなくインターホンを押す。

 

「……はい!あ、天狐です!」


 インターホンから聞こえてくる天狐さんの声。

 でも、いつもよりちょっと上ずっている。


 緊張してるのかな。


「Good morning!慧、おはようです!」

「……ああ、あなたね。おはよう」


 相手が宮川先生だと分かると、一気にトーンが下がる。

 

 ――天狐さんって、家でも宮川先生にはこんな感じなんだ。


「おばさんたちのお手伝いに来ましたよ!あと、友理も一緒です!」

「……え!?本当!?」

「うん、いるよ!おはよう、天狐さん!」

「おはよう、じゃなくて!今すぐ迎えに行くわ。そこで待ってて!」


 天狐さんは慌ただしくインターホンを切る。


 そうして、私と宮川先生は門の前で天狐さんを待つことに。

 すると突然、こんなことを言ってくる宮川先生。


「……そう言えば、友理は巫女服って知ってますか?」

「巫女服ですか?もちろん知ってますよ。巫女さんが着る服ですよね?」

「That's right!その通りです!天狐神社にも巫女服があります。だけど、ここの巫女服は少し特別なんです」


 そう言うと、宮川先生はニヤっと笑みを浮かべる。


「……特別?」

「化け狐の力高めるために、一人一人デザインが違うんです。そして……」


 宮川先生は私の耳にそっと口を近付ける。


「慧の巫女服は……So so cute!超超超可愛いです」

「……マジですか?」

「マジです」


 ――何それ、すごく見たい。


 巫女姿の天狐さんなんて、学校では見れない超レアもの。

 友達のそんな姿に興味が湧かないはずがない。

 

 ――あ、巫女姿でモフモフとか特別感ヤバそう……ニシシ……。


 巫女服モフモフというレアモフモフに、私のモフモフ欲が刺激される。


「化狩さん。お、お待たせ!」


 天狐さんが門からヒョコッと顔を出す。

 そして、こしょこしょ話をする私と宮川先生を目にした途端、鋭い目をさらに鋭くさせる。


「……あなたたち、何をやっているの?」

「It's nothing、何でもありませんよ。それよりも!慧はどうして隠れてるんですか?」

「それは……」

「お客さんの前ですよ。隠れてないで、出てきてください!」

「ちょっと……!?」


 宮川先生に引きずられて、門の陰から出てくる天狐さん。


「わっ!?袴だ!?」


 天狐さんはまさかの和装。

 青色で統一された服はクールで知性的な天狐さんにピッタリ。


「天狐さん、すごく似合ってるよ!」

「……あ、ありがとう」


 天狐さんは頬をちょっと赤らめながら、プイッとそっぽを向く。


「おお、耐えましたね。耳と尻尾が出てないです」

「うるさい!」

「Ouch!?痛いですっ!?」


 思いっきり脛を蹴り上げる天狐さん。

 宮川先生は英語で悲鳴を上げながら、その場でピョンピョン跳ね回る。


「あなたは母様の手伝い来たのでしょう?なら、早く仕事の準備をしなさいよ」

「そうでした!おばさんに迷惑はかけられません。それじゃあ、友理。今日は楽しんでください!」


 そう言って、宮川先生は颯爽と屋敷の奥へと消えていった。


「まったく、本当にあの人は……」


 深い溜息をつく天狐さん。

 すると、天狐さんはチラチラと私に視線を向ける。


「……その。あなたの私服も、に、似合ってるわよ」

「うん。ありがとう」

「……」


 天狐さんは何故か溜息。


「え?何で溜息?」

「……別に。あなたらしいと思っただけよ。さあ、私たちも中に入りましょう」

「……うん」


 ――私らしいって、どういうこと?


 私は頭にハテナマークを浮かべる。

 でも、いくら考えてもそのハテナが解消する答えは出なかった。

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