第9-1話 化狩友理は恋に迷う。

 天狐さんの家に訪れてから数日が経った。


 あれから天狐さんと会えていない。

 学校にも来ていない。


「……いるかな?」


 学校終わり、いつもの癖で屋上に来てしまう。

 当然、扉の鍵はかかったまま。


「天狐さん、大丈夫かな……?」


 SNSを開いて、天狐さんの名前を探す。

 でも、天狐さんの名前はいくら探しても見つからない。


「天狐さんちの行き方も思い出せないし……」


 家の中での出来事は覚えているのに、行き方だけが不自然に思い出せない。

 思い出そうとすると、霞がかかったようにぼやけてしまう。


「絶対あいつに何かされたんだ」


 脳裏に過るヘッドホンを着けた黒袴の少女の姿。

 不自然なことが起こるようになったのも、彼女に会ってからだ。


「……でも、どこの誰かも分かんないと何もできないよ」


 彼女に会えなきゃ、術も解いてもらえない。


 ――せめて、知り合いに天狐さんと同じ化け狐がいれば……。


 私の知る限り、この学校に化け狐は

 つまり、現状手の打ちようがない。


 ――でも、天狐さんに会ったとして、その後は?


 天狐さんのことは仲のいい友達だと思ってた。

 でも、天狐さんは違った。


 それを知った今、私は前と同じように天狐さんに接することはできるのだろうか、いや、きっと無理だ。


「……帰ろう」


 天狐さんがいないなら、もう学校に居ても仕方ない。


 私はモヤモヤした気持ちを抱えながら、足早に学校を出る。


「お、先輩見っけ!」


 校門を出た直後、突然知らない制服を身に着けた少女が声をかけてくる。

 目つきが刃物みたいに鋭くて、髪を後ろでまとめたその少女の顔をよく見てみると……。


「あああっ!」


 ――天狐さんのうちにいたあいつ!


 少女の正体は、あの黒袴ヘッドホン少女だった。

 制服を着崩しているからか、前に見た時より不良少女感が増している。


「……覚えていてくれて嬉しいぜ」


 黒袴ヘッドホン少女はニヤリと笑う。

 そして、親指で自分の背後を指さして、こう続ける。


「なあ、先輩。ちょっと面貸してくれよ」


 ***


 そうして、連れてこられたのは近くの喫茶店。

 私たちはテーブルを挟んで向かい合う。


「さて、まずは自己紹介からだよな。アタシは天狐伊央利あまぎ いおり。姉貴の――天狐慧の妹だ。よろしくな」


 謎の黒袴ヘッドホン女改め、天狐伊央利は誇らしげに胸を張る。

 

 天狐さんの妹なのは、この前会った時から何となく分かってた。

 でも、正直あまり仲良くする気にはなれない。


「……私は」

「化狩友理だろ?姉貴から聞いてる」

「え?」


 ――天狐さん、私のことを家族に話してるの?どこまで話してるの……?


「あれだろ、身体目当てで姉貴を追い回す変態女」

「ちょっと!言い方ぁー!!」


 喫茶店に轟く私の叫び声。

 店中の視線が一斉に私のもとへ集まって、めっちゃ恥ずかしい。


「何取り乱してんだよ。事実だろ?」

「でも、もっとオブラートに包むとかあるでしょ!」

「へえ~、変態ってところは否定しねえのな?」

「〜〜〜っ」


 伊央利はニヤニヤと憎たらしい笑みを向けてくる。

 手のひらで転がされてる感じが、すっごいムカつく。


「まあ、安心しな。先輩の変態っぷりを知ってんのは、アタシだけだから」

「全然安心じゃないんだけど!?」

「あれ、アタシ信用されねえ感じか?傷付くわ〜」


 傷付くとか言いながら、口元はまだニヤニヤしている。

 まだまだ私で遊ぶ気満々だ。


「信用するわけないじゃん。この前あんなことされたのに」

「白昼夢の術のことか。瞬間移動したみたいでさ、楽しかっただろ?」

「全然楽しくないよ!あれは一体何?」

「白昼夢の術。簡単に言えば、暗示や催眠術の類だ。術をかけた相手を自由に動かせたり、記憶をいじったりできる」


 ――何それ、怖っ!?


 術をかけた者勝ちみたいなのは、流石に反則すぎる。


「まあ、そんなことは置いといて」

「そんなこと……!?」


 他人の記憶をいじっておいて、なんて軽いんだろう。

 ドン引きを通り越して、恐怖さえ感じてくる。


「さて、ここから本題な」


 そう言うと、伊央利の表情は一気に真面目モード。

 すると突然、伊央利はドンッと額をテーブルに叩きつける。


「先輩!この前のことは悪かった!姉貴と先輩の邪魔した上、余計なことまで言っちまって……許してほしいとは言わねえ。でも、悪気がなかったことだけは分かってほしい!この通り!」


 テーブルに額を擦りつけて謝る伊央利。

 当然、周りからは何だ何だと注目される。


 「分かった!分かったから、頭を上げて!目立ってるから!」


 とりあえず伊央利に頭を下げるのを止めてもらう。

 注目も次第になくなって、ホッと一息。


「あの時のことは許すよ。別に邪魔されたとも思ってないし。むしろ、廊下であ、あんなことしてた……私たちの方が悪いというか……」


 廊下であった出来事が頭をチラつく。

 思い出すだけで、顔が熱くなってくる。

 

「……先輩、顔赤くなってるぞ」

「いちいち指摘しないでよ」


 指摘されると余計に恥ずかしさが増してくる。

 湯気が出そうな顔に手で風を送って、急いで冷やす。


 というか、さっきから気になっていることが一つ。


「ねえ、その『先輩』って何?私、あなたの先輩になったつもりはないんだけど」

「そりゃ。アタシが来年通う高校の生徒なんだから、先輩になるだろう?」


 一瞬何を言ってるのか分からなくて思考停止。

 でもすぐに、受験生だって言ってたことを思い出す。


「あなた、うちの高校受験するの!?」

「そうだよ。お陰で毎日勉強三昧だ」


 鬱憤の溜まった溜息をつく伊央利。

 その時、ちょうど運ばれてきた大盛りナポリタンを豪快に頬張る。


「はぁ〜♡学校帰りにメシ食うとか、背徳感と幸せでどうにかなっちまいそうになるわ〜♡」


 頬に手を添えて、美味しそうに食べる伊央利。

 天狐さんに似ていて、姉妹味を感じる。


「……楽しそうだね」

「そりゃそうだろ!三年になってから、寄り道してる余裕なんかなかったからな」

「勉強、そんなにヤバいの?」

「ヤバいも何も、英国社数理は『1』以外取ったことねえ!」


 伊央利は自慢気にグッドポーズ。


「オール『1』!?私より悪いじゃん!ってか、絶対無理でしょ!」

「んなことねえだろ。試験全教科満点を取れば、可能性あんだろ」

「ぜ、全教科満点って……」


 伊央利はサラッと言う。

 でも、それがどれだけ大変なことか分かっているのだろうか。


「全教科満点って、天狐さんでもできてないんだよ。何でそこまで……」

「姉貴はな、本当は通信制の高校に通うはずだったんだ。その方が姉貴にとっても安全だからさ」


 伊央利は突然独り言みたいに語り出す。


 確かにわざわざで家から離れた高校に通うのは、妖術が苦手な天狐さんにとってはリスクだ。

 現に一度、一般人に天狐さんの正体を知られかけている。

 主に、いや、十割私のせいだけど。


「でも三年生になった時、姉貴は突然『私も皆と同じ普通の学校生活を送りたい』って言い出したんだ。自分のことすら、まだまともにできてねえのに」

「もしかして、うちへの受験は天狐さんを守るために?」

「……まあ、そういうことだ」


 伊央利は頬杖をついて、照れくさそうに顔を逸らす。


「天狐さんのこと、大好きなんだね」

「……うっせえ」


 見た目は奇抜で、言動もちょっと乱暴な伊央利。

 でも、お姉ちゃん想いの妹と思えば、途端に可愛い後輩に見えてくる。


「……ニヤニヤすんな」

「いいじゃん、さっきのお返し!」


 悔しいのか、私を睨みつけてくる。

 睨みつけてくる顔は少し天狐さんと似ている気がした。

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