第2話 気づいてるか? 俺にはまだ手札が1枚残ってる

 北斗と東が通うのは、東京都小金井市にある私立の逢魔大学附属高等学校、通称マガコーである。


 世界が改変された後に設立された逢魔大学の附属高校であり、教育カリキュラムに従魔王が導入されている珍しい学校だ。


 従魔王はカードバトルとレース、コンテストの3種目で戦うゲームだが、マガコーにはそれぞれの種目をARで楽しめる訓練室が用意されていて、北斗と東はカードバトル用訓練室にやって来た。


「種目はカードバトルだけで良いのですか? 貴方が手を付けてないカードバトルだけよりも、レースとコンテストも含めて2本先取の方が良いのではありません?」


「ホームルーム前なんだ。1つだけやるので精一杯だろ」


「マガコーでは訓練室での勝負を使用する場合に限り、授業に送れても遅刻とはみなされませんわ。それを忘れてるのではなくて?」


「家で勉強しない派だから、授業には最初から出ておきたいんだよ。そんなことより早くやろうぜ」


 北斗は小学生の頃から、土御門家にいる時に勉強していたことはない。


 学校での時間以外は全てお役目関係の時間に充てられており、その時間を今は自由時間にするために家と揉めた訳だから、自由時間は自由時間のままにしておきたいのだ。


 さて、従魔王のカードバトルについて話を戻そう。


 カードバトルはその名の通りカードゲーム形式で、カードの種類は大きく分けてモンスターカードとアイテムカード、ダンジョンカードの3種類あり、それらを組み合わせて30枚のデッキで勝負する。


 モンスターカードはさらに4つに細分化されていて、UR(ウルトラレア)とSR(スーパーレア)、R(レア)、N(ノーマル)だ。


 URは虹色の縁にラメ入りのイラストのカードで、SRが金縁のカード、Rが銀縁のカード、Nが銅縁のカードになっている。


 モンスターカードのレア度による違いは2つある。


 1つ目は、レア度が高ければ高い程、攻撃力と防御力の上限が上がることだ。


 2つ目は、レア度によってデッキに入れられる枚数制限があることで、URはデッキに1枚、SRは3枚まで、Rは5枚まで、Nは7枚までデッキに入れられる。


 次にアイテムカードだが、自分のモンスターカードを強化や敵モンスターカードの弱体化、プレイヤーやモンスターの体力の回復やダメージを与える等の様々な効果を発揮できる。


 基本的に消費型だから一度使えば墓地送りだが、何ターンかフィールドに留まって効果が発揮するものや装備型のアイテムカードもある。


 最後にダンジョンカードは、モンスターカードに作用して適性のあるモンスターを強化し、適性のないモンスターを弱体化させられる。


 それ以外にも色々な縛りを発生させられるが、ダンジョンカードはフィールドにある限り効果が続くため、デッキに最大3枚までと決められている。


 その種類は2種類あり、○○ダンジョンと○○迷宮だ。


 ○○ダンジョンは広く浅く効果があるのに対し、○○迷宮の方は狭く尖った効果がある。


 カードバトルでは、モンスターカードとは別に体力が4,000与えられており、プレイヤーの体力が0になったら負けである。


 負けになる条件はもう1つあり、毎ターン1枚デッキからドローできるけれど、デッキからカードが引けなくなっても負けになる。


 カードバトルで使うカードは、従魔王を起動した際に貰えるログインボーナスや様々なミッションをクリアして手に入れられるポイントを消費してパックを開封し、カードを増やしていく。


 北斗は土御門家の方針として、最低限守るラインとして従魔王のログインボーナスとミッションクリアによるポイント稼ぎはできていたから、カードバトルの経験こそ少ないもののカードだけは持っていたりする。


 両者の準備が済んだため、早速カードバトルが始まる。


「「バトル!」」


 北斗と東の声が重なり、コイントスで東が先攻になる。


「私のターン、ドローしますわ」


 プレイヤーの初期手札は3枚で、毎ターン初めに1枚ドローするから、今は東が1枚ドローして手札が4枚になった。


「私はシュートフラワーを召喚しますわ」


 シュートフラワーはRのモンスターカードであり、攻撃力と防御力が500ずつというそこそこ強いモンスターだ。


 モンスターカードは1ターンに1回だけ通常召喚できるが、アイテムカードやダンジョンカードの効果での特殊召喚数に制限はない。


 (事前情報通り、東は植物型モンスターデッキらしい)


 東とカードバトルをするにあたり、北斗は無策で挑んだ訳ではない。


 東はまじめに従魔王をプレイしているから、マガコー内で3種目の戦績やプレイ動画が出回っている。


 だからこそ、自分が学内でほとんど従魔王をやっていなくとも、東の情報は十分に集められるのだ。


「更にブリーダーの如雨露を使いますの」


 アイテムカードであるブリーダーの如雨露の効果は、味方フィールド上にいるR以下の植物型モンスターと同名のモンスターを手札かデッキから2体召喚できる。


 したがって、東のフィールドには序盤からシュートフラワーが3体召喚されることになる。


「まだ終わりませんわよ。私は森林ダンジョンを出現させてターンエンドですの」


 AR技術によって訓練所が森林に変わる。


 森林ダンジョンは植物型モンスターの攻撃力と防御力が200アップし、水棲型モンスターの攻撃力と防御力が200ダウンする。


 この効果により、東のフィールド上にいる3体のシュートフラワーの攻撃力と守備力はそれぞれ700ずつに上昇する訳だ。


 先攻を選んだプレイヤーは攻撃できないから、東は強化済みのモンスター3体を配置した状態でターンを終了した。


「俺のターン、ドロー。…ドローダイスを使う」


 ドローダイスとは、賽子の目によってデッキからカードを引ける枚数が変わる消費型アイテムカードだ。


 1と2の目が出た場合は0枚、3と4の目が出た場合は1枚、5と6の目が出た場合は2枚引ける。


 賽子の目は6が出たため、北斗はデッキから2枚ドローする。


「続いてマッドダイナマイトを使う」


「本気ですの?」


「本気に決まってるじゃん。痛み分けなんだから文句言うな」


 マッドダイナマイトはアイテムカードで、フィールド上の全てのカードを破壊してその枚数×500のダメージを両プレイヤーが受ける効果だ。


 痛み分けは同時に体力が減るから、使いどころを誤ると使用したプレイヤーが不利になるリスキーな戦術と言えよう。


 今は4枚のカードがフィールドから墓地に送られ、森林になったフィールドが元の無機質な訓練室に戻り、北斗も東も2,000ずつダメージを受けた。


「更に代償の愉悦像を使おう」


「…そういうことでしたのね」


「無策で痛み分けなんてするかよ。ちゃんと考えてるっつーの」


 代償の愉悦像もアイテムカードであり、使用したターンに失った体力に応じて無機型ミミック種モンスターを手札かデッキ、墓地のいずれかから以下の基準で特殊召喚できる。


 1以上500以下ならレア度Nのミミック種モンスター。


 501以上1,000以下ならレア度Rのミミック種モンスター。


 1,001以上2,000以下ならレア度SRのミミック種モンスター。


 2,001以上でレア度URのミミック種モンスター。


 このターンで北斗が失った体力は2,000だから、手札か墓地のいずれかからレア度SRのミミック種モンスターを召喚できる。


「俺は代償の愉悦像の効果により、手札からギガントミミックを召喚する」


 ギガントミミックはSRのモンスターカードであり、攻撃力と防御力が1,000ずつというバランス良く強いモンスターだ。


「フン、なかなかの手際でしたわね。でも、ギガントミミックで攻撃されてもまだ私の体力は1,000残りますわ。まだ舞えますの」


「気づいてるか? 俺にはまだ手札が1枚残ってる」


「まだ何かありますの?」


「当然だ。バイコーンの角をギガントミミックに装備する」


 そう宣言した瞬間、東は自身の負けを察して目を見開く。


 バイコーンの角は装備型のアイテムカードで、装備したモンスターは1ターンに2回攻撃できるようになる効果がある。


 それはつまり、攻撃力1,000のギガントミミックで2回攻撃し、東にこのターンで2,000のダメージを与えられるということだ。


「ギガントミミックのダイレクトアタック。死噛デスバイト


「うっ」


 AR表示されたギガントミミックが東に噛み付き、東の体力が1,000減る。


「もう一度だ。ギガントミミックの攻撃。死噛デスバイト


 再びギガントミミックの攻撃を受け、東の体力が0になって北斗がカードバトルで勝った。 


「うぅ…。負けましたわ」


「俺のデッキの中身が割れてない。それが勝因だよ。罰ゲームの件、忘れんなよ」


「わかってますわ」


 ホームルーム前のカードバトル用訓練室だから観戦する学生はいなかったけれど、今年に入って負けなしの東が負けたことは、マガコーにおいて一大事だった。

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