現代の陰陽師はゲームが中心の世の中を生きていく
モノクロ
第1章 陰陽師は家を出る
第1話 そんなことを言ったってしょうがないじゃないか。俺は質問に答えただけだ
「
全身が重く、手を差し伸べても自分の手は妹の美南には届かず、彼女は何処かに行ってしまう。
美南が何処かに行ってしまったという喪失感と共に、意識が浮上して北斗はガバッと音を立てて起き上がる。
9月末だというのに残暑のままだから、悪夢と暑さのせいでパジャマは汗でぐっしょりしている。
「くそっ、最悪の目覚めだ」
『お目覚めのようだね、北斗。どんな夢を見たのか、敢えて聞いたりしないよ』
「お前が見せた悪夢じゃないだろうな?」
『私に見る夢を操作する力なんてない。北斗が妹の夢を見たのなら、それだけ北斗が妹を心配しているということだろう』
北斗の頭に直接響く声の主は、自らをDと名乗った。
Dは美南が行方不明になった日、北斗に声だけで接触して来た謎の存在だ。
Dのような存在は、世界が改変されてから都市伝説レベルで話題に上がることがあったが、北斗からすればいてもおかしくない認識だ。
世界が改変されたのは、神を名乗る存在が地球に呪いをかけたことが発端とされている。
地球に人間が誕生してから約700万年が経過するも、根本的に人間は争いを求めてしまう生き物であり続けた。
痛みを知ってなお争いを止めぬ人間という種族に嫌気がさし、その神が突如現れて全世界に向けて地球に呪いをかけたのだ。
その呪いは人を害そうとすれば死ぬというもので、呪いなんて嘘だと嘲笑って武器を手に取った者は1人残らず死んだ。
トチ狂った人間が徹底的に準備し、自演したのかと思いきや、神は全人類に武力行使の全ては、従魔王ブリードモンスターズで代替すると宣言した。
これはモンスターを育て、カードバトル、コンテスト、レースの3種目で頂点を目指すスマホゲームであり、世界改変後にスマホ使用者のスマホに勝手にダウンロードされていたアプリだ。
神は地球を支配したが、恐怖による支配を望んでいる訳でもなく、人類に犠牲しか生まない争いを辞めさせたかっただけだった。
世界は神によって改変され、生活は従魔王を中心に成り立つようになってしまった。
これが世界の改変であり、神の素性も居場所も誰もわからないが、呪いは24時間365日発動しているし、従魔王はあっという間に地球に浸透していた。
この改変は世界にとって無理矢理起こされたものであり、それが原因で面倒事も生じているけれど、一般人はそんな事情を知る由もない。
話を戻すが、美南は家の用事で外出して学校を休み、外出先で消息を絶った。
北斗と美南の家は
由緒正しくずっと続いている家系である理由だが、土御門家やもう1つの一族にしかできないお役目があるからだ。
そのせいで北斗の両親は厳しく、北斗は家に縛られることと両親に道具扱いされることが日に日に耐えられなくなった。
小さい頃からスパルタな教育を受けていて、役目のために学校で過ごす時間以外全てを犠牲にされた北斗は、土御門家のやり方にうんざりして家出したこともある。
残念ながら、その家出は自分よりも優秀な美南によってすぐにバレてしまい、それ以降2人の両親は北斗に期待しなくなった。
結果として、美南にその期待が寄せられたことで、北斗は最低限の役目さえ果たせば、自由な時間が手に入るようになったのだから、家での目的は達したと言えなくもない。
北斗がベッドから起き上がって大きく伸びをすると、Dは再び北斗に声をかける。
『リアルに基づく悪夢を見ていた割には呑気じゃないか』
「夢はあくまで夢に過ぎない。焦ったって仕方がないし、手掛かりは従魔王で手に入れるしかないって昨晩教えてくれたろ? だったら、悪夢のせいで良くないコンディションを少しでもマシにした方が良いから、日常のペースに体を戻してるんだよ」
『肝の据わった奴だ。北斗の両親の慌てぶりと言ったら滑稽の一言だというのに』
「そりゃ慌てもするだろうさ。俺に期待ができない以上、美南にその分の期待も上乗せしてたんだから。使用人達の話を盗み聞きした限りだが、俺を土御門家から追放して美南に家督を継がせようとしてたらしい。そんなタイミングで美南が消えたんだから、自分達の目論見がパーになりそうで慌てるのも当然だって」
そう言いつつ、 北斗はシャワーを浴びて食堂で独りで朝食を取る。
使用人は土御門家と共に食事をしたりしないし、北斗の両親から最低限の世話しかしないように厳命されている。
ニュースを見ながら朝食を取ったら、歯を磨いて制服に着替える。
いつもの出発時刻より早いが、家で時間を潰すのもどうかと思って家を出る。
「行ってきますっと」
『行ってらっしゃい』
両親も使用人も誰も行ってらっしゃいと言葉を返してくれないが、北斗は家を出る時に「行ってきます」と帰って来た時の「ただいま」は言うようにしている。
北斗が孤独で不憫に思い、Dは両親や使用人の代わって北斗に応じる。
(行ってらっしゃいって言うけど、Dの本体が家にいるのかわからないんだよね)
Dが自分に話しかけて来るようになってから、Dはいつだって北斗の頭に直接声を届けて来る。
テレパシーのようなやり取りさえできてしまうので、Dの正体が普通の人間ではないだろうと北斗は考えている。
曇天の通学路を歩いていると、北斗の隣に黒塗りの高級車が止まる。
「北斗、貴方本当に歩いて登校してるのですね」
「よう、
「…橘、ここから先は歩きます。迎えも要りません」
「かしこまりました、お嬢様」
東と呼ばれた女性は車を降り、北斗の隣に立って歩き出す。
彼女が黒塗りの高級車に載っていた理由だが、東は土御門家と同じく平安時代から続く
土御門家と賀茂家は昔こそ権力争いをしていたが、世界が改変されてからは最低限手を取り合うようになった。
もっとも、あくまで最低限なので、ライバル意識はなかなか消えないのだが。
「驚きましたわ。美南が行方不明になってなお、土御門家は貴方を送迎もしなければ護衛に人を寄越さないなんて正気ですの?」
「俺のことは空気みたいに思ってるんだろ。実際、家じゃ家族も使用人も俺にほとんど関わろうとしないし」
「…元はと言えば貴方の身勝手が原因ですのに、なんだか気の毒になって来ましたわ」
「最優先事項はお役目で、学校以外全ての時間を捧げるだなんて溜まったもんじゃない。あの頃に戻るぐらいなら、今の環境のままで良い。まあ、美南だけは帰って来てほしいけどな」
土御門家は今、行方不明の美南を探索するのに人手を多く回している。
しかし、東の目から見ればリスクヘッジが甘いと言わざるを得ない。
美南がもしも見つからない時、土御門家には北斗しかいないのだ。
そう考えれば、北斗の両親は北斗が行方不明にならないように護衛を貼り付かせておくべきである。
ところが、現実はそんなことにはなっておらず、東はどういう神経をしてるのかと北斗の両親に呆れた。
「そういえば、いつも登校時刻の遅い貴方がどうして今日は早く通学してるんですの? ましてや今日は月曜日で、遅刻ギリギリで登校することが多いはずですのに」
「ん? あぁ、今日は早く起きちゃったから、手持ち無沙汰でな。家の居心地も悪いし、早めに家を出たんだ」
「ちょくちょく反応に困ることを言うのは止めてくれません?」
「そんなことを言ったってしょうがないじゃないか。俺は質問に答えただけだ」
北斗もわざと自虐的な発言をした訳ではなく、東に質問されたから正直に答えただけである。
そこに東からの同情を求める意図はなく、ただ事実を述べただけだ。
「まったく、学業も運動神経もトップクラスだと言うのに、どうしてこう捻くれてるのでしょう」
「束縛が嫌いなもんでね。でも、従魔王に対して真面目に向き合うことにしたよ」
「…そうですか。遂にその時が来ましたのね」
「どうした? 俺が従魔王をプレイするのを楽しみにしてたみたいな口振りじゃん」
従魔王と北斗が口にしたら、東は足を止めて微笑する。
それを見た北斗は、なんとなく次の展開を予想できた。
「北斗、学校に着いたら私と従魔王で勝負なさい。勝った方が負けた方の言うことを聞く罰ゲームもセットですわ」
(うん、そうなると思った)
美南が行方不明になるまでは、趣味の範囲内でやっていた従魔王に北斗が真面目に向き合うと聞けば、北斗に対抗心を抱く東が勝負を挑まないはずがない。
「別に構わないよ。というか、始めにこの話をした時から勝負する覚悟はあったし」
「そう来なくっては面白くありませんわ」
東は北斗から望む答えを引き出せたため、高校までの残りの道でご機嫌だった。
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