第29話 放課後の部室棟で⑮
「はあ……。でも、あれがいなくなったのはいいとしても、佐橋自身は、その……何ともないのか、いろいろと」
「……? 何がですか?」
「何がって、あいつはどう考えてもあんな一言で何とかなるような雰囲気じゃなかっただろ」
「実際、何とかなりましたが」
「いや、お前はそうやって平然としてるけどさ」
実はとんでもない力の持ち主なのではないか。そして、怪物を退散させるほどの強大な力を行使したとして、佐橋本人に負担や代償はないのか。それだけならまだしも、もしかして、一連の怪異現象も全部お前が原因なんじゃないか——と、そう言いかけて、それは先ほどの映画のやり取りの堂々巡りになると気づき、口を噤んだ。
それになぜだろうか。俺が目にしてきた怪異な出来事が、何もかも佐橋のせいだとは、そのときの俺には思えなくなってきていた。
「私は問題ありませんよ。それよりもいまは閼伽野谷先輩のほうを気にしてあげたほうがよいのではないでしょうか?」
そういえばそうだった。
どうもまだ気が動転しているようだ。
見ると、閼伽野谷はまだ部室の床に倒れ伏したままだった。
「お、おいっ、閼伽野谷! 大丈夫か?」
俺が駆け寄ると、閼伽野谷はギリギリ意識を失ってはいないようだった。しかしあの電撃をまともに喰らったせいか、痺れで体をうまく動かすことができないらしい。俺が抱き起こすと、閼伽野谷は「ううぅ……」と苦しそうに呻き声を漏らした。
「なあ、佐橋」
「はい」
「これ、閼伽野谷は大丈夫なのか? なんか呪われてたりとか……」
「いえいえ。さすがにそこまで心配するようなことではないでしょう」
「できればそうあってほしいけども、でも……」
「心配しすぎですって。ちょっとバチってなっただけですよ、あんなの」
「そんな静電気みたいに」
「とにかく、しばらく安静にしていれば回復するかと。そんなに心配でしたら、私なんかよりも保健室か病院に行って聞いたほうがいいのでは?」
「それは、そうだが……」
何もかも釈然としない。
「というか、佐橋。お前やっぱり何か知ってるだろ」
「何をですか?」
「いまさら誤魔化すなよ」
「と言われましても」
「昨日の夜の件もだけど、この部屋のことだってそうだ。あの映画にしたって、佐橋がテレビを点けなかったら見ることもなかったわけだし。何か俺の知らない事情を知ってるとしか思えない」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「なるほど、確かにそうかもしれません。でも……、大丈夫ですよ。何も問題はありません」
「問題ないって言ったって、俺には何が問題なのかも……」
「言ったでしょう? 先輩は絶対に死なないんですよ」
絶対に死なない。
兄の大学で呪いのビデオを見て以来、俺のまわりでは怪事が相次いでいる。俺にビデオを見せた張本人である兄はその日のうちに事故死した。今日もクラスメイトが俺の目の前で負傷し、俺自身も一歩間違えば怪物によって殺されていた。
それなのに。
俺は絶対に死なないのだと、佐橋は言う。
「ねえ、漆野先輩」
「……な、なんだよ」
俺は思わずぶっきらぼうな態度を取ってしまう。
「少し早いですが、今日のところはこの辺でお開きということにしましょう。私も用事があるので、お先に失礼させてもらおうかと」
そう言いながら佐橋は軽く頭を下げる。
「すみませんが、後のことはお願いしますね」
「えっ、ちょっと待ってくれよ」
「それでは、また明日の朝に」
「おい、待てよ! 佐橋!」
しかし俺が呼び止めるのも聞かずに、佐橋はそそくさと部室から去っていった。あとには、俺と閼伽野谷の二人が部屋に取り残された。部屋の隅を見ると、完膚なきまでに破壊されたテレビの残骸が無惨に散らばっており、あの意味不明な凶事が現実の出来事だったと証明していた。
「……なんなんだよ、いったい」
ため息混じりに独白するが、俺の呟きは部屋の静寂の中ではむなしく響くだけだった。俺は仕方なく倒れたままの閼伽野谷に肩を貸し、部室の外へと連れだした。佐橋は心配ないと言っていたが、このまま放っておくわけにもいくまい。とりあえず保健室に連れていくとして、部屋の鍵は……まあ、後で戻ってくればいいだろう。そう思って部室の扉を閉めて気づく。
「あれ……」
そこには、他の部室と同じく薄汚れたステンレスの扉があった。しかし、来たとき確かに見たはずの『廃部』の大きな張り紙は、部室棟の前のどこにも見当たらなくなっていたのだった。
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