第28話 放課後の部室棟で⑭
「うーん、どうして外に出てきちゃうんですかねえ。あのまま画面の中にいたほうがよかったんじゃないかと思うんですけどねえ」
そんなことを言いながら、佐橋は俺を振り返り、チョイチョイ、と小さく手招きした。
「え? なんだ、そっちに行けばいいのか?」
「そんなに怖がらないでくださいよ。まったく仕方のない先輩ですね」
「で、でも……」
「いいですから。早く来てください」
俺は佐橋の言葉に従い、すり足で怪物の前へと近づいていった。そして、どうにか佐橋の隣の位置までたどり着く。
「はい、先輩。では、ちょっとそのままにしていてくださいね」
「えっ? えっ?」
戸惑う俺を置いてけぼりにして、佐橋がこちらにカメラを向け、ゆっくりと俺の背後へと下がっていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 協力って俺がなんとかするってことなのか?」
「だからそんなに怖がらないでくださいよ」
「いやでも!」
俺が叫ぶと、怪物が俺の声に反応して鈍く重低音を発した。
「ヒイィ!」
「大丈夫ですから。先輩はそのままそこにいてください」
「そのまま!? そのままってそのままでいいのか!?」
「ええ。そのままです。そのままそこに立っていただいて、ええはい、できればそちらの上のあたりの……頭のツノっぽいあたりを見上げる姿勢で、はい、いい感じです」
俺はわけがわからないままに、佐橋の言う通りに怪物の巨体を見上げた。
黒い牛のような異形。
尖ったツノ。椀状に突き出た目玉。
恐怖で失神寸前になりながら、俺は怪物を仰ぎ見た。
じっと、怪物と目が合った……ような気がした。
視線をそらせない。空気がひりつく。口の中の唾液がすべて蒸発するかのようだった。
いよいよどうにもならない。もうおしまいだ。
俺が耐えきれずに目を閉じたのとほぼ同時に、
「——はい、カット!」
背後から佐橋の声が響いた。
と、次の瞬間。
怪物の姿がぐにゃりと歪んだような気がした。
のみならず、怪物を中心に部屋全体の景色が大きく崩れているように見えた。
俺は強い眩暈を覚え、頭を抱えた。
ぐらつく意識の中で前を見ると、怪物が窮屈そうに身をよじっているのがわかった。そしてそいつは苦しみながら奇妙な筒状に全身を細めたかと思うと、ずるずると床を這い、その異様な体勢を維持しながら一直線に部屋の外へと出ていってしまった。やがて眩暈が落ち着いてきて顔を上げると、もうそこに怪物の姿は跡形もなくなっていた。
「な……っ、え……?」
まったく理解が追いつかず、俺はただただ呆然とする。
しかし佐橋のほうはというと、まるで何事もなかったかのように、いつもの涼しげな顔で俺の横に立っていた。
「先輩、終わりましたよ」
「お、おう……」
俺は目の前で起こった事態を受け止めきれずに、曖昧な返事をすることしかできない。
「それでええっと、あの黒いのは……」
「はい、無事にお帰りいただきました」
「お帰りいただいたって……」どこにだよ、という指摘を俺はあえてしなかった。「というか、なんかどっか行っちまったけど、放っておいていいのか、あれ」
「それはまあ、いいんじゃないでしょうか」
そんな適当な。
そう思うが、佐橋はそれ以上の説明をするつもりはないらしく、カメラを手に無表情で黙り込んでいる。これはこれで毎回のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます