第27話 放課後の部室棟で⑬
「なんだ漆野、いったいどうした……って、うわっ、なんだこいつ!」
慌てふためく俺の様子に気づいた閼伽野谷が、外から部室を覗き込み絶句する。どうやらこれは俺だけが見ている幻覚というわけではないらしい。
すっかり全身を現した巨大なその〝何か〟は、明らかに意志を持っているようで、頭部らしき部分では目と思しきものが瞬き、重々しい眼差しで周囲に睨みを利かせていた。その目のやや上側には太いツノのような突起が生えており、フォルムの雄牛らしい特徴を際立たせていた。
「いや。いやいやいや。さっきまでこんなのなかったよな? なんだ……これは、なんつうかその……どういうことなんだよ……?」
部屋に入ってきた閼伽野谷は、突然出現した黒い牛のような怪物の存在を信じられないらしく、不用意にもフラフラとその巨体に近づいていった。
と、それを察知したのか、巨大な〝何か〟がその全身を震動させた。
同時に、バチ——ッ! と部屋に落雷のような衝撃が発生した。
「うわ……ッ!」
熱い。空気が焼け焦げたにおいがする。黒い巨体の表面が乾燥した熱を帯びているのが傍目にもはっきりと感じられた。どうやらこの巨体が室内で電撃か熱線のようなものを発したらしい。
俺は軽い痺れを感じた程度だったが、閼伽野谷は一撃をモロに喰らったのか、部屋の床に倒れて苦痛に顔を歪めていた。
「お、おい、閼伽野谷——」
俺は閼伽野谷のほうへと駆け寄ろうとするも、頭上で巨大な目玉がぎょろりと俺たちを睥睨し、そればかりか俊敏に頭の突起を振り下ろして俺の行く手を拒んだ。
俺は身動きを取れずに立ち尽くす。
なんだよこれ。いったいなんなんだよこれは。
いままでも散々なんだこれという展開の連続ではあったが、こいつはまったく方向性が違う。
何が起こっているのかわからないことに加えて、圧倒的かつ物理的な脅威がある。
「ありえないだろこれは、いくらなんでも。だいたいテレビ画面から這い出てくるのって……、そういうのはなんていうか、もっと幽霊的な奴なんじゃないのかよ——」
半ば自暴自棄になって早口でそんなことを呟くと、
「なるほど、それはまったく共感しかありませんね」
気づくと、佐橋が俺の隣に立っていた。
こいつはこいつで正体不明である。
しかしこの異様な黒い巨体を前にしても、佐橋は相変わらずの無感動な態度を貫いている。少しとして臆する素振りを見せていない。その上、右手にはしっかりと自前のハンディカメラが握られている。
「ねえ、先輩」
「な、なんだよ……」
「先輩はもし目の前に幽霊と殺人鬼がいるとしたら、どちらが怖いと思いますか?」
「幽霊と殺人鬼? それはどちらかって言うと……って、いまはそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「そうでしょうか?」
「どう考えてもそうだろ」
「なるほど、一理あります」佐橋は今回はすぐに納得したようで、「では先輩、少しだけ私に協力してもらえますか?」
「協力?」
「はい」
「それは構わないけど……」俺は佐橋と怪物を交互に見る。「でも、協力って言ってもお前、いったい何をするつもりなんだ……?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。先輩のことは私が絶対に死なせませんから」
佐橋はそう告げて黒い怪物のほうへと歩み寄っていくと、その巨体をまじまじと見上げた。俺は直前の電撃のことを想起して気が気ではなかったが、不思議なことに巨体が佐橋に対して敵意を示す様子はなく、それどころか佐橋が接近するのに応じてその全身が萎縮しているような気配さえあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます