第24話 放課後の部室棟で⑩
「なるほど。ここが映画部の部室だというのは、閼伽野谷先輩が今朝思いついた話だと」
「……そう言ってるだろ」
「では、映画部が三年前に廃部になったという話も、そして映画部が裏山で儀式をしていたらしいという話も——それらも全部、今朝、閼伽野谷先輩が思いついた話だった、と。そういうことでしょうか?」
「ああ、そうだよ……。ピンときたって言っただろ? 今朝、漆野と話してるときに頭の中に浮かんだのは……儀式のビジョンだけじゃなかったんだよ」
「と言いますと?」
「ないはずの映画部の噂話がさ……、一緒に頭の中に流れ込んできたんだ」
「頭の中に流れ込んできた」
「そうだ。この学校にはかつて突然廃部になった映画部があって、そいつらが裏山で謎の儀式をしていたらしいっていう……そんな怪談じみた話が、あっという間に頭の中に出来上がっていた。それが、俺がその裏山の儀式を見ていたっていう記憶と混ざり合って……。それで……、それで俺は……」
そこまで言いかけて閼伽野谷は一瞬だけ俺と目を合わせたが、すぐに気まずそうにうなだれた。その閼伽野谷の姿は、教室で頻りに俺に話しかけてきていたときからは想像もつかないくらいに気落ちして見えた。
「そ、それじゃあ、閼伽野谷。お前が俺をこの部屋に案内してくれたのは……」
「成り行きだよ。俺もまさか本当に廃部になった部室が残ってるとは思わなかった」
「で、でも、この部室の前にはちゃんと『廃部』って張り紙が……」
「だからそれがおかしいんだ。俺が知る限り、部室棟の端っこの部屋はずっと空き部屋だったんだ。それが、こんな——」
閼伽野谷は沈痛な面持ちで床に視線を落とし、言葉を濁す。
「そんな……じゃあ、俺に話してくれた映画部の話も、全部まるまる嘘だったっていうのか!?」
俺は堪らずに疑問をぶつけた。あんなに流暢に語ってくれた閼伽野谷の話が、すべて空想の産物だったなんて。俺にはどうしても信じられなかった。しかし、そんな俺の反応を見て閼伽野谷は苦笑し、
「嘘……か。そうだな、まあそういうことになるよな。でもさ、漆野。信じてくれないかもしれんが……俺にとってはこの話は嘘じゃないんだ」
俯きがちに俺のほうを見る閼伽野谷の目は、何かに縋りつこうとするかのような悲痛さに満ちていた。
「何ていうのかなぁ……今朝、俺の頭の中に浮かんだ噂の話と夜の儀式の光景っつうのが……その、なんだかすごくリアルでさ……。あれが俺の妄想なのかそれとも現実にあったことなのか、俺には区別がつけられなかったんだ。漆野に言われるまで忘れていたって言ったのも、俺の感覚では嘘じゃない。限りなく本当のことのように感じていたんだ」
閼伽野谷は自嘲気味に語る。
「俺は絶対にこの話を前に聞いたことがある。そういう噂が学校で出回ってたことがある。俺はその噂について調べ回ったことがある。そのことを自分でもすっかり忘れていたけど、漆野と話しているうちに偶然思い出した。本当にそうとしか思えなかった……でも、わかってるんだ。この学校に映画部なんていまも昔も存在しないし、だから映画部が儀式をやってたなんて噂もありえない。なのに、それなのに……、ないはずの映画部の記憶が、今朝からずっと頭の中にこびりついて離れないんだよ……」
閼伽野谷は苦しげに嗚咽を漏らす。
俺はそんな閼伽野谷に何と声をかけていいかわからず、その場で狼狽えることしかできない。
「閼伽野谷……それはその、俺は別に気にしてないというか……、いや、こういう言い方もヘンかもしれないが……」
「ああ——、そうだな、ははっ」と閼伽野谷は無理に作り笑いを浮かべる。「いや……。うん、俺のほうこそなんだか気を遣わせちまったな。そうだよな、一方的にこんなこと言われたって困るだけだよな……はははっ、何言ってんだろうな、俺……すまん、ちょっと……」
そう言って閼伽野谷はフラフラと部屋を出ていくと、ドアを開け放したまま、部室棟の前でしゃがみ込んでしまった。
——いまは一人にしておいてほしい。
無言の背中がそう語っているようだった。
しかし、そこに至って俺もようやく理解した。閼伽野谷があんなにも確信を持って手がかりを探していた、その理由を。
閼伽野谷は最初からわかっていたのだ。この部屋に儀式の手がかりなど存在しないということを。わかっていたからこそ——この部屋に何もないことを証明しようとして、閼伽野谷はあれほど積極的に部屋中を探し回っていたのだ。
しかし、だとすれば——、
この映像はなんだ。
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