第15話 放課後の部室棟で①

 その日の放課後。

 俺は閼伽野谷に案内されて部室棟の前にいた。

 部室棟は校舎の西側にあった。平屋の簡易なアパートのようなその建物は、運動系・文化系問わずさまざまな部活の部室が入り混じっているようだったが、近くで見るとだいぶ老朽化が進んでいるようだった。ずらりと並ぶステンレス製の扉の列に光沢は乏しい。壁は薄汚れ、鉄柱は錆び付き、コンクリートの通路にはヒビが入っている。グラウンドのほうからは運動部の熱心なかけ声が聞こえてくるが、部室棟の周辺に人の気配はわずかだった。

「この辺はもうほとんど使われてないんだよな。ちゃんとした部室が必要な部活には校舎内の教室が用意されてるし、ここはだいたい物置代わりにされてる感じだな」

 俺の前を歩きながら閼伽野谷は丁寧に説明してくれる。たまたま居合わせただけという建て前は、早くもどうでもよくなりつつある。

「で、ここが映画部の部室だ」

 閼伽野谷が指し示したのは、部室棟の端の角部屋だった。その部屋も他と同様に人の気配はない。そして扉の中央には大きく『廃部』と書かれた紙が一枚貼られていた。


「廃部って書いてあるけど……閼伽野谷、これって?」

 俺が訊ねると、閼伽野谷は何やら呆然と『廃部』の張り紙を凝視していた。十数秒経っても返事はなく、まるで隣に俺がいることなど忘れてしまったかのようだ。

「おい、閼伽野谷?」試しに声をかけてみるが返事はない。「おいっ、閼伽野谷って!」

「……え? あ、なんだ? どうした?」

「どうしたって……だから、廃部って書いてあるけど、ここが映画部の部室ってことでホントにいいんだよな?」

 俺が重ねて確認すると、

「ああ、そう、そうだ。映画部は随分前に廃部になってるんだ。だからこの部屋もいまは無人。でも、代わりに使いたがる部活もないもんだから、こうして放置されてるってわけだ。えーっと、ここの鍵は——」

 閼伽野谷は借りてきた部室棟の鍵を取り出す(わざわざ生徒会室と管理室を経由して借りてきたらしい)。目の前の扉の鍵穴に鍵を差し込むと、ガチャリと音がして扉が開かれた。俺も閼伽野谷の横に並んで、恐る恐る部室の中を覗く。部屋の中は外と同じくがらんとしていた。使われなくなってから相当の年月が経っているらしく、部屋には隅々にまでホコリが溜まっていた。心なしか空気も澱んでいるようだ。


「だけど、廃部って……またどうしてそんなことに?」

「それが俺もよくわからんのよ」

「わからない?」

「ああ。映画部が廃部になったのは正確にはいまから三年前のことらしいんだが、記録を見ると突然活動が途切れていてな」

「途切れているって……」

「っつうのもさ、映画部の過去の活動記録を見たんだけど、歴代の映画部はかなり真面目に活動していたらしくて、作品の発表も定期的に続けてたんだ。それが三年前のある時期を境にぷっつりと途切れて部自体がなくなってる。それも年度末とかではなく学期の途中に急になくなってるんだ」

「よくわからないな。そんな真面目な部活が理由もなく廃部になったりはしないんじゃないのか? よっぽど部員が足りなくなるとか、何かトンデモない不祥事を起こすとかしない限り」

「そう思うよな。だけど、廃部の理由は当時から誰も知らなかった。映画部の部員たちも揃って口を閉ざす。そのせいで、憶測というか噂が出回ることになった。曰く、廃部になる直前に映画部の連中がなんか裏山で儀式みたいなことをしていたらしい、それが廃部の原因なんじゃないかって——そういう噂だ」

 閼伽野谷は滔々と語る。


「……わからないという割には詳しいんだな」

「まあ、な……」そう答えた閼伽野谷の言い方にはどこか含みが感じられた。「なんつうか、実は映画部のことは俺も前から気になっててさ。いろいろ話を聞こうとしてみたこともあったんだよ。ここでなんかヤバい事件でもあったんじゃないかって。それで——」

 語りながら、閼伽野谷は部室の中へ入っていく。

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