第14話 朝の教室で⑥
「あー、待てよ。そういえば……裏山には何もないって言ったけど、何か変な儀式みたいなことやってた奴らがいたらしいって話はあったような、なかったような……」
閼伽野谷はぼんやりとした声で突然そんな話を始めた。
「儀式?」
「ああ。俺も聞いた話で、本当に儀式だったのかどうかはよくわからんけど——って、それこそ漆野には関係のない話だったな」
悪い悪いと言って話を打ち切ろうとする閼伽野谷を俺は慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。閼伽野谷」
「ん? なんだよ?」
「その、変な儀式をやってた奴らって、どういう……」
「ああ、なんか何年か前の映画部って話だったかなあ」
映画部。その名は、兄がかかわっていた映画研究サークルを否応なく連想させる。俺は複雑な思いを抱かずにはいられなかったが、裏山で行われた儀式という話を無視することはできなかった。
脳裏に甦るのは、昨晩見た砕かれた石造物と散乱した何本もの釘。そして、大きな白い布の人形——。
もしかするとあれは、その儀式とやらの跡だったのではないだろうか?
だとすると、そこにいたあの後輩の謎とも関係があるのではないだろうか?
「なんだ。漆野、興味ある感じ?」
「あ、うん。できれば詳しく知りたい、とは思うけど……」
「そうかそうか。漆野もようやくこの学校に関心が向いてきたってことかなあ。なら、俺としては大歓迎だなあ。うんうん」
閼伽野谷は俺を横目に見ながら頻りに感心している。
「でもなあ——」と、閼伽野谷は続けて、「俺としては漆野の期待に応えて詳しく教えてやりたいところなんだけど……でも、どうしたもんかなあ。何しろ俺と漆野はたまたまクラスが同じなだけのただの知り合いだからなあ。あんまり込み入った話をするのもおかしいよなあ」
わざとらしくそんなことを言う。
しかし、閼伽野谷の言うことはもっともだ。他人とかかわりたくはないが、噂話は詳しく知りたい。あまりに虫のいい話だ。仕方がない。今回は別の方法で情報を探すしかないかと諦めかけたのだが、
「——それでここから話すのは、漆野にはまったく関係がない俺の話なんだけどな」
閼伽野谷が声をひそませた。
「さっきも言ったけど、俺、放課後は生徒会で雑用みたいな仕事しててさ」
「生徒会の雑用……ああ、昨日校舎裏の倉庫にいたのもそれでってことか」
「そういうこと。で、生徒会の仕事っていろいろあるんだけど、俺がやってるのは雑用だから、各部活の活動をチェックしたりとか備品なり設備なりを確認しに校内を見回ったりもするわけよ」
「へえ。……って、ちょっと待ってくれ。本当に何の話だ?」
「だから漆野には関係ない俺の話なんだって。それで、今日の放課後も仕事があって、これは別に急ぎじゃないんだけど部室棟の点検も予定に含まれている。で、部室棟には当然、例の映画部の部室もある」
「え、それって……」
「俺の仕事は部室を順番に見回るだけだが、そこに、この学校にまだ慣れてない転校生の漆野がたまたま迷い込んで、たまたま俺と鉢合わせたとしても、何もおかしくはない——そうだよな?」
そう言って閼伽野谷はニヤリと笑った。
「まあそういうことだから。俺は今日の放課後、部室棟のほうに行くけど、その場に漆野がいてもそれはたまたま。まったくの偶然。俺はこれでも生徒会だから一般生徒に校内を案内することもできるけど、それもただ仕事ってだけ。そういうことだ」
あとはわかるな? と言外に閼伽野谷は同意の視線を寄せてくる。
「それは……俺としては願ってもないことだけど……でも、本当に閼伽野谷はそれでいいのか? だって、俺は俺の事情を何も説明してないし」
「さあて? 俺には何のことだか」
閼伽野谷はあくまで知らないフリを決め込んでいる。
しかしやはりそういうわけにもいかないだろう。閼伽野谷が俺に親身にしてくれるというのならば、俺のある程度手の内を明かすべきだ。そうでないと、なんとも据わりが悪い。俺はグッと意を決して口を開く。
「あのさ。閼伽野谷、俺、実はあの裏山で——」
と、言いかけたそのとき。
「まあ待てって」
俺の正面に、閼伽野谷が手のひらを差し出して言葉を制止した。
「何を言おうとしてるのか知らんが、それはお前の話だ。他人の俺が知ったことじゃない。そうだろう?」
そして、差し出した手をくるりと回して握手を求めてくる。言ってることとやってることが違いすぎる。俺はそれ以上何も言うことができずに、差し出された手を軽く握り返した。
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