第13話 朝の教室で⑤

「まあ、どっちでもいいけどよ」閼伽野谷は軽く嘆息する。「俺からすると漆野からマトモに返事が返ってきただけでも収穫だったよ。漆野がこんなに自分から話してくれたこと、いままでなかったしな。てっきり今回もスルーされるんじゃないかって、そう思ってたし」

 そうだった。俺は転校してきてからずっとクラスでの会話を避け続けてきた。

 誰かと関係を生み出すことが怖かった。俺とかかわることでまた不可解な呪いが広がるのではないかと考えると不安で仕方がなかった。だから俺はあえて自分からクラス内で孤立するようにしていたのだ。誰とも目を合わさず、話しかけられても聞こえないフリを決め込んできた。その自らに課した取り決めが、今回初めて破られたのだった。

「……その件は、俺のほうこそ悪かったよ」

 俺は閼伽野谷から少し目をそらしながら謝罪の言葉を口にした。あらためて謝まるとなるとなんだか気恥ずかしい。

 呪いの拡散への恐怖がなくなったわけじゃない。俺の周囲で呪いが広がっていたのは紛れもない事実だ。しかし、ここ数日のこの教室において、俺以外の誰かに呪いの影響らしき危害が及んだ形跡はなかった。いままで呪いの影響があったのは俺の家族や親戚ばかりだったし、無関係なクラスメイトのことまで範囲に加えるのは、いささか心配しすぎだったのかもしれない。そんなことを考えていると、閼伽野谷が笑いかけてくる。


「まあ、よくわからんが、漆野にもいろいろ事情があるんだろ。嫌な奴とわざわざつるむことはねえし、誰にでも無理に明るく振る舞う必要もねえしな。でも……俺は隣の席なわけだし? 挨拶くらい返してくれてもいいんじゃねえかなって。その程度のことは期待したっていいだろ?」

 どうやら閼伽野谷は隣の席の俺に無視されるのをかなり気にしていたらしい。

 俺は気づいていなかったが、知らないうちに随分と気を使わせていたようだ。

「その、俺も閼伽野谷と……人と話すのが嫌だったというんじゃないんだけど……」

 しかし、どう話せばいいものだろうか。俺が見たまま体験したままを全部そのまま説明しても素直に理解してもらえるとも思えない。たとえ理解されたとしても、呪いのことを知った人間がその影響から逃れられるのかどうか——、

「あー……、その、だから、俺が他人を嫌いとかそういうことではなくて、でも、他人とかかわるのはあんまりよろしくないかもしれないんで……でも、それは単に俺の思い込みかもしれなくて……何て言ったらいいかな……」

「なんだ。もしかして漆野って結構頑固な奴なのか? 他人との関係に何か特別な理由とか線引きが要るとか、そう思ってるタイプ? ンなら、まあ仕方ないが」

 閼伽野谷は何か一人で納得している。


「いやそれもちょっと違うというか……他人とかかわりすぎるのは危ないかもだけど、挨拶くらいならたぶん大丈夫なんじゃないかというか、友達とか友人みたいな関係になるのは危ないかもしれないというか——」

 しかし、この説明もまるで上手くいっている気がしない。

 いつまでもうだうだと釈明に迷っていると閼伽野谷が苦笑して、

「わかったわかったわかった。何もわかってないが、じゃあこうしよう!」

 と、一方的に宣言する。

「俺とお前は友達じゃない。ただの知り合い。たまたまクラスメイトなだけの関係。あくまで他人同士。たまたま会話することもあるかもしれないが、それ以上はない。話しかけるときも俺は勝手に俺の話をするし、漆野も勝手に自分の話をする。な、それでいいだろう?」

「うーん。そういうことなら、まあいいのかな……?」


 俺もこの期に及んで拒絶するほど狭量ではない。

 というか、他によい落としどころが思いつかない。

 そうこうしているうちに、いつのまにか他の生徒も登校してくる時間帯になっていたようで、廊下から聞こえる人の声が少しずつ増えてきていた。

 俺もこの先ずっと呪いの恐怖に脅えて生活していくわけにもいかないし、今後は人付き合いを考え直していかなきゃならないかもなあ。だけど、急に大勢と深くかかわるのも怖いよなあ。と、そんなことを考えていると、

「あれ?」

 と、閼伽野谷が教室の天井付近を見上げて呟いた。

 どうしたのだろうか。

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