第16話 放課後の部室棟で②

「でも、生徒会で聞いても当時を知ってる代の先輩たちはもう卒業してるし、話の聞きようがなかったんだ。おまけに、顧問の教師に事情を聞こうとしたらなんか嫌そうに話をそらすしさあ。で、そのときはそこまで詮索することでもないかと思ってそれっきりにしてたんだが……」

「そこに、俺が裏山の話を持ち出してきたということか」

「そういうことだな」

 閼伽野谷が頷く。

「正直、俺も漆野が裏山がどうこういうのにこだわってるのを見るまで映画部のことなんて忘れてたんだよ。でも、何かあるっぽいと言われると俄然気になってくるじゃん?」

「まあ、気持ちはわかるけどさ」

「だろ? で、せめて実際に部室を見てみれば少しはその〝何か〟っていうのがわかるかもと思ったんだが——」

 俺は閼伽野谷に続いて部屋の中へ足を踏み入れた。

「これと言って怪しいものはないよなあ」

 閼伽野谷が部屋を見回して呟く。

 俺もつられて部屋をぐるっと眺めた。


 薄暗く古びた部屋。広さは通常の教室の三分の一程度だろうか。奥の窓にカーテンなどはかかっていない。にもかかわらず部屋全体が妙に暗く感じられるのは、こちらの思い込みかもしれない。部屋の中はおおかたは片付けられていたが、ロッカーや本棚、長机、椅子、テレビなどの大きな備品は当時のままになっているようだった。しかし他にこれといって不審な点は見当たらない。

「儀式の道具でも残ってればと思ったけど……、さすがにないか」

 閼伽野谷は残念そうだったが、俺は胸を撫で下ろしていた。

 何もなくて安心したような、しかし少しくらい何かあってほしかったような。

 複雑な心境だ。

「まあ、あったとしても三年前の話だ。そんなのとっくに撤去されてるよな」

 閼伽野谷はそう言いつつも諦めきれないのか、何もない室内を物色している。しかしたとえ何か残ってたとしてもそれが儀式に使われてたかどうかなんてパッと見では判断できないのではないだろうか。

 床や壁を見ても、あからさまな傷や汚れなどはない。儀式どころかここが何の部活の部室だったのかも言われないとわからないくらいだ。


 しかしまた俺はどうしても思い出してしまう。夜の裏山。杉の木の根元に散らばった石片と釘。縛り付けられた白い布。あれが儀式の痕跡でなかったとしたら、いったい何だったというのだろうか。裏山の儀式の跡と廃部になった映画部の儀式の噂に本当に関係性はないのだろうか——そう思わずにはいられないが、閼伽野谷の言うように、三年という歳月の隔たりは如何ともしがたい。

「でもさ、閼伽野谷」

「なんだ」

「映画部が裏山で儀式っぽいことをしてたのが事実だとして、たったそれだけの理由で廃部になったっていうのか? それまで真面目に活動してたんだろ? せいぜい一時活動停止とかじゃダメだったのか?」

「それは俺もよくわからん」

「だいたい儀式って何してたんだ? 儀式という名目で酒飲んで暴れてたとか犯罪にかかわってたとかいうなら廃部にもなるかもしれないけど、それこそ新聞沙汰だ。あちこちに記録が残るだろうし、噂話じゃ済まないだろ」

「それもよくわからん」

 結局、何もわからないらしい。


 もともと問題含みの部だったというならともかく、活動実績のあった部が突然廃部になったりするものだろうか。何かしら廃部になる相応の理由があったと考えるのが妥当ではないか。しかし、その理由が「何か儀式をやっていたらしい」という噂レベルの情報しか残っていないという。生徒会所属の閼伽野谷が調べた上でそう言うのだから、本当に記録がないのだろう。だが、何か廃部になる理由があったことは間違いないのだ。記録に残らないような「理由」が。それがいったい何なのか——、


「——何か正当な理由が必要ですか?」

「うわあぁっ!」

 背後の声に驚いて振り返ると、そこには小柄な女子生徒——佐橋さばしさきの姿があった。

 佐橋は俺のすぐ後ろにぴったりと張り付くようにして立っていた。音も気配もなく現れた佐橋はまるで最初からそこにいたかのようにじっと俺を見つめていた。興味深そうに俺を見上げるその瞳は夜の闇のように黒く、しかし薄暗い部屋の雰囲気とは自然と一体感を得ていた。

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