交渉の扉
昼食を終えると、アメルは再び先導し、白いアーチをくぐった。
その先は外交局のロビーだった。天蓋の光が薄くなり、室内の壁面には深い青と金の紋章が浮かび上がっている。空気は冷たく、外の賑わいがまるで幻だったかのように静まり返っていた。
正面の扉が開き、ローワンが姿を現す。
長身で、漆黒の外套を纏い、表情は動かない。淡い銀色の瞳が、アリスたちを順番に見ていく。その視線は計測器のように正確で、感情を探すのが難しい。
「ようこそ、ノクティス代表団」
声は低く、硬質だが、礼は尽くしている。
「まずは、到着までの経路と被害状況を確認します」
セリンが簡潔に経緯を報告する。外で遭遇した胞子霧、蔓植物による負傷、カーの死亡。そして現在、ジョリンが治療を受けていること。
ローワンは頷きながら、端末に記録を取っていく。
「それでは、要件を」
促され、アリスは一歩前に出た。
「我々の目的は、相互技術協力協定の締結です。資源と技術の交換により、双方の生存圏を広げられるはずです」
その声には、昼食で見た街の景色と、味わった食事の記憶が宿っていた。光、水、笑い声――それらは提案の背景を豊かにし、言葉に重みを与えている。
しかし、ローワンの反応は揺れなかった。
「ノクティスの技術は興味深い。ですが、現状、我が国が必要とする資源は自給可能です。加えて、あなた方の環境管理思想と我々の生活構造は、根本的に異なる」
淡々とした言葉が落ちる。
アリスは一歩踏み込む。
「違いがあるからこそ、補えるはずです。外の世界では、どの国も孤立して生き残れる状況ではない」
ローワンは首をわずかに傾け、鋭い視線を送った。
「理屈ではそうでしょう。しかし、協定は利益と信頼がなければ成立しません。今のところ、我々が得られる利益は見えない」
静寂が落ちた。
セリンが口を開く。「少なくとも、医療技術の共有は双方の利益になるはずだ」
ローワンは少しだけ表情を緩めた。
「それは、まずは証明していただきましょう。治療は継続します。ジョリンの状態が安定し次第、退去をお願いします」
その一言が、交渉の終わりを告げた。
アリスは息を整え、深く頷くしかなかった。
――まだ扉は閉ざされたままだ。しかし、完全に鍵がかかったわけではない。
アメルが短く視線を送る。「ジョリンの治療が終わるまで、滞在の許可は出ています。市街を見て回られますか?」
アリスはその提案を受け入れた。次にこの部屋へ戻るとき、ローワンの態度を変えるだけの材料を手にしていたい。
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