光沢の昼食

外交局へ向かう前、アメルが立ち止まり、振り返った。

「その前に、昼食をどうぞ。立ち話より、栄養を補ったほうがいい」


 案内されたのは、市場区画の奥にある食堂だった。壁一面が薄い帆布で覆われ、外光が透けて柔らかな黄に染まっている。中央には長い木製の卓が並び、同じ皿を囲む家族や仲間が談笑していた。


 アリスは足を止めた。

 食事の場が、これほどざわめきと笑顔に満ちているのを見たのは初めてだ。ノクティスの食堂は無音で、栄養摂取は淡々とした作業だった。


 やがて、陶器の皿が運ばれてくる。

 皿には、緑と橙の鮮やかな葉野菜のサラダ、香り高い穀物の蒸し煮、白い果肉を持つ魚のソテーが並んでいる。

「これは外海で養殖した‘シルヴァ・フィッシュ’です。灰にも熱にも強く、柔らかい身が特徴」

 アメルの説明に、アリスは思わず鼻を近づける。香ばしい油と柑橘の匂いが混ざり、食欲を刺激する。


 一口かじると、舌の上で身がほぐれ、透明感のある旨味が広がった。

「……塩味が、柔らかい」

 エランが感嘆の声を漏らす。ノクティスの保存食のような強い塩分ではなく、自然な塩気と香草の香りが際立っていた。


 マーレンは眉をひそめ、慎重に口へ運んだ。

「……加熱処理が甘い気がする。寄生菌のリスクは?」

「内部まで一定温度で加熱し、菌類は死滅しています。加熱後すぐに環境を閉じるので再汚染もありません」

 アメルが即答すると、マーレンは渋々うなずいたが、その表情にはまだ警戒が残っていた。


 穀物は小さな粒が連なったもので、噛むと甘みと香ばしさがじわりと広がる。

「外の植物か?」とセリンが尋ねると、アメルは笑った。

「旧地球の種から選抜しました。天蓋下で三期作が可能です。栄養価はノクティスの合成食品の一・五倍、消化効率も高い」


 食卓では、隣の席の子どもが母親に何かを話し、母親が笑って頭を撫でている。

 そのやり取りをアリスは見つめた。

 ――こんなふうに、誰かと顔を見て食事をする時間が、当たり前にある。


 やがて、デザートとして小さな陶器に入った冷菓が運ばれた。淡い桃色をしたそれは、舌にのせるとひやりと溶け、甘酸っぱい香りが広がる。

「果実を凍らせ、乳成分と合わせたものです。外の高地でしか採れない‘サーマ・ベリー’を使っています」


 アリスはゆっくりと味わいながら、心の奥に浮かぶ思いを整理した。

「……これが、彼らの暮らしの一部なんだ。資源と技術を組み合わせれば、こんな食事が、こんな場が作れる」


 食後、卓を離れるとき、アメルが低く付け加えた。

「食は外交と同じです。共有すれば、相手を知ることができる」

 その言葉に、アリスは短く頷いた。

 外交局で待つローワンとの再会に向けて、胸の奥で何かが静かに形を成し始めていた。

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