光の門

峡谷を越えてさらに二日。

 岩と砂礫の道を抜けた先に、それは現れた。


 地平線に沿って、巨大な影が横たわっている。

 最初は山脈かと思った。しかし、近づくにつれ、それが人工物だと分かる。

 高さ百メートル以上、幅は見渡す限り続く灰白色の壁。その上部には金属光沢を帯びた巨大な天蓋がせり出している。


 「……あれが、ソリヴァール」

 セリンの声はかすかに震えていた。

 ノクティスの閉ざされた天井とは違う、光を反射する滑らかな構造体。その隙間から、内部の明るさが漏れ出し、外の荒野に淡い輝きを落としている。


 近づくほどに、壁面の細部が見えてくる。

 金属とセラミックを組み合わせた複合装甲。熱と風を遮る構造は、外の灼熱から内部を守っているのだろう。

 天蓋の縁には、無数のパネルが並び、太陽光を受けてゆらめくように光っている。


 やがて、巨大な門が視界に入った。

 幅十メートル、厚み三メートルはあるだろうか。中央にはソリヴァールの紋章が刻まれ、表面を走る微細なラインが脈打つように光っている。


 門前には、淡い銀色の装甲服をまとった警備兵が数名、整然と立っていた。

 彼らの背後には、外界の熱と埃を遮断する透明なシールドフィールドが展開されている。

 その内側からは、湿り気を帯びた涼しい空気がわずかに漏れ出し、灼けた肌をかすめていった。


 「入国目的と身元を」

 警備兵の声は、フィルター越しでもはっきりと耳に届く。

 セリンが外交任務の証明書を提示し、ノクティスの紋章が投影されたデータパネルを差し出す。

 警備兵は無言でそれを確認し、後方の端末にデータを送信した。


 短い沈黙の後、門の縁が低く唸り、巨大な構造体がゆっくりと開き始めた。

 金属の板が重なり合い、内側から光が溢れ出す。


 アリスは思わず目を細めた。

 それはノクティスの蛍光灯の白ではない。太陽に似た、けれどもっと柔らかい黄金色の光だった。

 その光の向こうに、緑が見える――高くそびえる樹木と、色鮮やかな花々。

 空気が変わった。熱と埃を含まない、湿りすぎず、乾きすぎない空気。呼吸がこんなにも楽だと、初めて知った。


 背後でマーレンが低く呟いた。

 「……別の星みたいだ」


 門が完全に開き、ソリヴァールの内部が姿を現す。

 整然とした街路、太陽光を反射する水面、風に揺れる樹冠。

 そのすべてが、ノクティスで育った彼女たちの常識を静かに覆していった。

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