崩れた足場
灰嵐は去った。だが空はまだ白茶け、陽光は刃のように照りつけていた。フィルター越しの呼吸は重く、熱気が喉の奥を焼く。
一行は速度を落としながら進んでいた。地面は灰で覆われ、足元の感触が一定しない。硬いと思えば急に沈む。表面の下が空洞化しているのだ。
「……音がする」
先頭のセリンが立ち止まった。その直後、右前方から低い轟音が響き、視界の端で巨大な影が揺れる。
次の瞬間、古い建築物の壁が崩れ落ち、灰と砂を巻き上げながら道を塞いだ。瓦礫の破片が雨のように降り注ぎ、後方にいたカーが悲鳴を上げる。
「足だ! 下敷きに――!」
すぐさま数人が駆け寄り、瓦礫をどける。現れたのは、左脚を押し潰され、血に濡れたカーの姿だった。
ジョリンが手際よく固定する。骨にひびが入っている。歩けるが、長距離は難しいだろう。
崩落現場は不自然だった。壁の上部には深く抉られた傷が走り、岩肌には爪で引き裂かれたような跡が残っている。瓦礫の間には、乾いた死骸が一つ――。
それは掌ほどの大きさの爬虫類で、黒く硬い鱗を持ち、眼は小さなレンズの集合体のように光を反射していた。口元には、何かに噛まれた跡がある。
「まさか野生動物がいるのか?」
エランが吐き捨てるように言い、死骸を灰の中に蹴り入れた。
だがアリスは足跡に目を留めた。狼に似た四肢。だが指先から伸びる爪は異様に長く、足裏には掌のような柔らかな部分があった。
それは崩落地点の向こうへと続き、やがて灰に飲み込まれて消えている。
――進ませたくない?
脳裏をかすめた考えを、アリスは飲み込んだ。ノクティスの規律が、余計な推測を口にすることを許さない。
負傷者を中央に囲む形で隊列が組み直される。迂回路を取るために、進行方向がわずかに変わった。
その時、遠くの瓦礫の影で光が瞬いた。複眼のような反射が、灰色の世界の中で一瞬だけ鮮やかに浮かび上がる。
見たのはアリスだけだった。
呼吸音がフィルター越しにやけに大きく聞こえる。振り返った時、そこにはもう何もなかった。
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