灰嵐の道
地表を覆う灰は、歩くたびに細かく崩れ、靴底にまとわりついた。灰と砂が混じった感触は、湿り気を含まない分だけ軽く、だが抜けにくい。頭上の空はくすんだ白茶色で、陽光は熱を孕んだ刃のように突き刺さる。
熱は肌を焼き、遠くの地平線が揺らめいていた。フィルター越しの呼吸は浅く、胸の奥にかすかな苦みが残る。
「風が変わる」
先頭を行くカーが短く告げた。声は抑えられているが、言葉の奥に緊張が混じっている。
薄い風が頬をかすめ、その中に乾いた熱があった。最初は気づかないほどのかすかな流れだったが、それは急速に強まり、灰を舞い上げ始めた。
灰色の粒子が空に溶け込み、視界の色が鈍く沈む。やがて、それは壁のように押し寄せた。
「全員、シールド!」
即座にフェイスシールドが降ろされ、呼吸器のフィルターが最大稼働する。
だが灰嵐は、予想以上に速かった。地面を這い、巻き上がり、肌の隙間から熱と粉塵が入り込む。足元は見えず、地面の温度がじわじわと上昇していくのがわかる。
荒れ狂う粒子の中で、アリスはふと視界の端に何かを捉えた。
嵐の切れ間、稜線の向こうを疾走する影――。
狼のようにしなやかで、背に沿う甲殻が陽を反射し、一瞬だけ鈍い銀色が閃いた。
息を止めたその瞬間、影は嵐に溶けるように消えた。
「……今のは?」
声に出す寸前、唇が動く。だが言葉は灰の熱に溶け、喉奥で消えた。
任務に不要な報告はしない――ノクティスで生きる上で染みついた習慣が、口を閉ざさせた。
灰嵐の中、一行は低い岩棚の影に退避した。数分にも数時間にも感じられる耐久ののち、風が収まり、空気の粒子がわずかに薄まっていく。
地面に積もった灰はまだ熱を帯びていたが、足を踏み出せる程度には落ち着いていた。
進路上に、規則的な印が残っていた。
狼に似た四肢の跡。しかし、指先から突き出た爪痕は異様に長く、間隔が不規則だった。さらに、四肢の間に――まるで掌のような形状の跡が混じっている。
それを見下ろし、アリスは胸の奥で何かがざわつくのを感じた。
「ただの動物だ」
セリンがそう言って、靴で跡を崩した。会話はそれ以上続かず、一行は再び歩き始める。
背中に、視線のようなものが絡みつく。
振り返った先には、広がる灰の地平線だけがあった。
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