灰の口
砂が崩れ落ちる音は、耳の奥で鈍く反響した。
沈み込んだ地面は、大きく口を開いたような形になり、下の闇を露わにしている。熱風がその口の奥から吹き上がり、喉の奥を焼いた。
「ロープを締めろ!」セリンの声が灰の中で響く。
アリスも力を込めて引くが、手のひらに食い込む麻縄の感触が皮膚を裂きそうだ。
沈んだマーリンの腰までが見え、次の瞬間には膝しか見えなくなる。
「下に落ちる!」
カーが砂地に腹ばいになり、ロープを手繰り寄せる。
だが砂が彼の肘までをも飲み込み、押し戻そうとするようにうねった。
崩れた縁のすぐ下、暗がりの奥に何かがあった。
形ははっきりしない。ただ、湿った皮膚のような質感と、光を反射する細い目が二つ。
熱気の波に揺らぎ、視界がぼやけた瞬間、それは音もなく奥へ消えた。
「——引け!」
全員で力を合わせ、ようやくマーリンの体が砂から抜け出す。
肩から背中まで灰まみれになり、息を荒くして咳き込むその姿に、誰も安堵の言葉を口にしなかった。
崩落はまだ止まっていない。
砂の縁がじわじわと後退し、影が長く伸びていく。まるでこの場所全体が、何かの腹の中へ飲み込まれていくようだった。
「退け」セリンの声は短く、揺るがない。
アリスは救助したマーリンをエランと二人で抱え、灰の丘を駆け上がる。靴底が熱に軋み、肺の奥が焼けるようだ。
背後では、崩れた穴がさらに広がり、低い唸り声のような音が響いた。
振り返ったのはアリスだけだった。
灰の口は、もうこちらを飲み込むことに興味を失ったかのように、静かに熱を吐き出していた。
だがその奥には、確かに何かが潜んでいる——そう確信させる気配が残っていた。
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