沈む砂

 ルートBの入口は、遠目にはただの砂丘にしか見えなかった。

 しかし近づくにつれ、熱と灰の匂いが濃くなっていく。視界の端では、砂に半ば埋もれた骨が転がっていた。白く乾ききった肋骨の隙間に、灰色の草のようなものが絡みついている。


 足元の砂は最初こそ固かったが、徐々に柔らかさを増していった。踏みしめるたびに靴底が沈み、熱が靴越しにじわりと伝わってくる。

 「速度を落とすな」セリンの声が背中を押す。


 丘をひとつ越えたところで、錆びた鉄枠のようなものが突き出しているのが見えた。過去の建造物の残骸だろうか。灰に覆われたそれは、まるで巨大な罠の歯のように見えた。

 エランが小声で「この辺りは地図に空白が多い」と呟く。その言葉が消えた直後だった。


 先頭を歩いていたマーレンが、突然腰まで沈んだ。

 「っ……!」短い声が熱風にかき消される。

 反射的に近くの仲間が手を伸ばしたが、その足も砂に取られ、膝まで沈む。


 砂はただの砂ではなかった。

 灰と細かい金属片が混ざり、下は空洞になっているようだ。崩れた層の隙間から、熱を帯びた空気がふっと吹き上がる。まるで地面が息をしているかのように。


 「ロープ!」セリンの指示が飛ぶ。

 全員が素早く動き、バッグから巻き取り式のロープを取り出す。

 しかし足元の地面がわずかに震え、さらに沈み込む音がした。灰が波のように広がっていく。


 アリスはその時、視界の端に何かが動くのを見た。

 穴の奥、崩れた影の向こうで、細長い何かが一瞬だけうねる。

 熱の揺らぎのせいか、それとも——。


 「引け!」

 掛け声とともにロープを引くが、足を取られたマーレンの体は思うように上がらない。

 砂が重く、動きに逆らうように締めつけてくる。沈む音が耳の奥で脈打ち、喉が渇く。


 「時間を優先するなら——」誰かが言いかけた言葉を、セリンが遮った。

 「黙れ。全員、生きて帰る」

 その声は冷たくも、揺らがなかった。


 だが砂の崩落は止まらない。

 アリスの足元にも、かすかな沈みの感触が伝わってきた。

 ロープを握る手が汗で滑りそうになる。熱風が視界を白くかすませ、足を取られた護衛の顔が灰の向こうにぼやけていく。


 そして次の瞬間、沈み込んだ地面が大きく崩れた——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る