第4話
一瞬勘違いしそうになったけれど、その声は隔て板の向こう側から聞こえていた。
つまり、隣の住人がすぐそこにいるということ。
「失礼ですが……?」
「良かった。クロのことどうしようかと思ってたんです」
クロって、猫の名前だよね? この子クロっていうんだ。
きっと黒猫だからだよね? 白猫だったらシロってつけたんだね?
そうじゃない。
つっこむところが多すぎてまとまらない。
「どうしてそこにいるんですか?」
「ああ、それですよね。辺りが騒がしくなったんで何かと思って窓を開けたんです。そうしたら隣から煙があがっていて、家の周りで大きな声がしたから、クロが驚いて部屋から飛び出してしまいました。それで、捕まえようとしたら、隔て板の下の狭い隙間からそちらに逃げ込んでしまって。呼んでも戻って来ないから困ってました」
「待ってください。消防車が放水してる間、ずっとそこにいたんですか?」
「クロがそこにいるのに逃げるわけにはいかないでしょう?」
当たり前のように言ってるけど、隣は火事で、火だってあがっていたのに、猫のためにずっと残っていたと言ってるんだよね?
「消防の人が来なかったんですか?」
「そこは上手く隠れてました。窓ガラスを割られた時は驚きましたけど」
どこに隠れてたっていうの?
違う! そうじゃない! そこはもうどうでもいい。
「もしかして、あなたもびしょ濡れなの?」
「まぁ、そうですね。それよりクロはどうですか? 濡れていますか?」
「う……ん。全身びしょぬれになってる」
「それはだめだ! 風邪をひいてしまう!」
自分の心配より、猫の心配が先なんだ……
この状況で「それでは失礼します」と言って、ベランダの窓を閉めることができる人がいるかアンケートを取ってもいい。
「とりあえず……玄関をまわってうちに来ませんか?」
「動物好きな人に悪い人はいない」なんて、昔、祖母から聞いた戯言を信じて、どんなひとかもわからないのに、ベランダにいるびしょ濡れの猫と、その飼い主を迎え入れる提案をしてしまった。
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