第3話

このマンションには犬や猫を飼っている人が多く住んでいる。


休日にベランダへいると、時々隣から猫の泣き声が聞こえてきたので存在は知っていたけれど、実物を見たのは初めてだった。

火事の騒ぎで、どうしてだかこちら側に逃げ込んで来たらしい。


猫はそのからだを隔て板に押し付けるようにして震えている。



「かぜひくよ?」



飼い主の人はどうしたんだろう?

猫がここにいるということは、外出していて火事のことをまだ知らないのかもしれない。

いずれにせよ、こんな水浸しのところに置いてはおけない。



飼い猫だから大丈夫……だよね?



すぐそばまで近づいても威嚇されることはなかったので、そっと手を顎に近づけた。その瞬間、急に猫は敵意をあらわにして、わたしの指に噛み付いた。



痛っ――



咄嗟に手を引っ込めてしまいそうになるのを我慢してそのまま待った。


大きく見開いていた猫の目がわずかに細くなると、ゆっくり私の指を口から離し、ざらざらとした舌で舐め始めた。

もう片方の手で首の辺りを撫でてやると、その手に体を擦り寄せてくる。



「ごめんね。知らないひとだから怖ったよね」



そっと抱き上げると、大人しく私に体を預けてくれた。



「しばらく私の家にいる?」



声をかけると、返事が返ってきた。



「いいんですか? 助かります」



猫が……しゃべった!?

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