第6話【第5章 クゥの鳴き声】

気がつくと、彼は岩陰に身を横たえていた。


 潮の音がすぐそばで揺れている。

 左手に冷たい感触──掌を見つめると、そこには小さな青い鱗が、ひとつだけ貼りついていた。


 それは、何かの証のように微かに光っていた。


 「……ありがとう」


 胸の奥から、自然にその言葉がこぼれた。


 何に対してか、誰に対してか、明確にはわからない。

 でも、それは確かに、自分のすべてを包むような感情だった。


 波の音の中に、かすかに──あの声が混じる。


 「……クゥ」


 彼は目を閉じる。

 遠い夏の日々、洗面器の中でクルクル泳いだ命、

 夜の海に溶けていった光、

 ベッキーの笑い声、追いかける足音、こっそり分け合ったチューイングガムの味──


 すべてが、今も胸の中に生きていた。


 ──人は、別れの中でしか得られない宝物がある。


 静かに目を開くと、朝の光が砂浜を照らし始めていた。


 海は、すべてを知っていたかのように、穏やかだった。


 波間のどこかで、もう一度だけ、青い光が瞬いた気がした。

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