第4話─少女─
「――――――?」
僕は目を見開き、口も開けたまま、夜空の一点を見つめて固まっていた。
何か、物凄い事があったような……確か、地球を見てたよな……望遠鏡で。
それから、ルカって名前の子供と……。
「そうだ! ぼ、望遠鏡は!?」
望遠鏡を担いでいたであろう肩とその周辺を焦ったように手で探る。何か固い物に手が触れた。勢いよくぶつけてしまった為、若干手に痛みが走るが、それはすぐに安堵へと変わった。
「あった……よかった……」
次に腕時計で時刻を確認してみた。正確な時刻を覚えている訳ではないが、会社から今の位置までにかかる時間は大体予想がつく。
……特に不自然な時刻ではなさそうだ。
「やっぱり夢……だったのか?」
だとしても、歩いている最中に夢を見るレベルで意識を失っていたのかと思うと……それはそれで、重大な問題を抱えている気もするが。
「とりあえず…星を見にいくか」
何がとりあえずなのかは自分でも解らないが、ここまで来たのなら星を見ない訳にはいかない。夢の内容を思い出しつつ、再度目的地に向かって僕は歩き始めた。
エーテル――、能力――。
「エーテル。ね……」
吹き出しそうになるのを堪えながら、左腕を前に伸ばし、手のひらを上に向け、僕が設定したエーテルをイメージ――しようとしたが、周りにはまばらに人が居る。
「んー……」
ごまかすように腕を上にあげ、伸びるふりをする。――せめて、家に帰ってからにしよう。
目的地に大分近づいた。目の前にある寂れた商店街を抜けた先に、広めの公園がある。その公園には小高い丘があり、周りには街灯がなく、裸眼でも結構星が見えるお気に入りの観測スポットの一つだ。しかし、寂れた商店街を歩くのは、なんだか物悲しい。
時代の流れだろうか。現在、数多くの商店街が苦境に立たされているという話をよく聞く。この商店街も多分に漏れず、殆どの店舗は営業すらしていない。
それにしても……いつもはこの時間でも数人くらいはこの商店街を歩く人を見かけるのだが、この日は本当に僕以外の人が見当たらない。
僕と、商店街の一角にある、とある店の前に立っている少女以外は。
……ん?少女?
――もう一度確認してみようと思う。あの店の看板には、犬や猫、鳥のイラストが描かれてある。恐らくペットショップだろう。営業時間は既に過ぎているのか、シャッターが完全に下りているようだ。
そのシャッターの前に、青い色をした髪に、青いワンピースを着て、背中には白い大きめのリュックを背負った少女が一人、俯いたまま立っている。
……見てはいけない物を見てしまった気がした。幽霊とかの類ではなく、こんな遅い時間にいい年をした大人が、少女に声をかけなくてはいけないようなシチュエーション……
いや、大丈夫だろう。きっと近くで親御さんがもうすぐ用事を終えて、あの子を迎えに来るに決まっている。
それにこのシチュエーション、ゲームで体験した記憶がある。声をかける選択をしてしまったばかりに、パトロール中の警官に捕まって酷い目に合ったじゃないか。
通り過ぎよう。何事もなかったかのように通り過ぎよう。大丈夫。きっと大丈夫――
なわけないだろ! 現実だ! ここは!
通り過ぎようとした自分の足に対して、脳から全力で両足に停止命令を送り、そして少女の方へ向き直った。
そしてもう一度、今度は注意深くあたりを見回した。
…やはりあの子の親に見受けられるような人は見当たらないようだ。
それどころか、今この世界には、僕とあの子以外存在していないのではないかと錯覚してしまいそうな程に人の存在を感じられず、そして静かだった。
――最早不自然なほどに。
僕は意を決して女の子に話しかけてみた。
「ね、ねぇ君……お父さんやお母さんはどうしたの?」
声をかけられてようやく気づいたのか、僕を見上げ、じっと僕の目を見つめている。
サファイアを思わせる様な深い青色をした瞳。少女の背丈程もある髪もよく見ると、頭頂から毛先に向かって、濃い青色から白に近い水色へと美しいグラデーションがかかっている。他意はなく、純粋に見とれてしまう程の美しさだ。
「…………」
――しまった。髪や瞳の色からして、どう考えても日本人ではないだろうに。
「参ったな…英語なんて喋れないぞ僕は……早く喋りすぎたか?」
「あ~…んんっ」
咳払いで準備をし直す。今度はゆっくり話しかけてみよう。
「おとうさん、おかあさん、どこ?」
…なんでカタコトで喋ってるんだ…僕は。
「…………」
これは…手詰まりだろうか……。
「……いない」
消え入りそうな声。だが喋った! よし、それなら――
いや待て、"いない"って……今日本語で喋ったよな?
コミュニケーションが取れそうな事には安心したが、"両親がいない"という予想外の返答に思わず戸惑ってしまう。
気を取り直して、質問を変えてみよう。
「じゃあ……迷子になっちゃったのかな? お家はどこ?」
「……もうない」
あぁ……僕はとんでもない子と出会ってしまった気がする……
あれから五分程経過しただろうか。想像を絶する境遇を思わせるような返答に、かける言葉をすっかり失くしてしまっている。いい大人が情けない……
そうだ。名前。せめて名前だけでも聞こう。
「な、名前は? お名前は言えるかな?」
「……アイナ」
「アイナちゃんか。 いい名前だね」
よしっ。僕は思わず拳を握った。
「僕はね。流星。星見流星って言うんだ」
「……りゅーせーほしみりゅーせー」
「あー……流星、でいいよ」
「……りゅーせー」
いい感じだ。さて、ここからどう話を進めたものか……
出身地も聞ければいいんだけど――。
いや、それよりも問題は、"本当に両親がいない"のか、と、"本当に住む家が無いのか"の二点だ。
もし、両親、或いは、保護者的な人が実は存在していて、捜索届でも出されていようものなら、僕は問答無用で犯罪者となる。
確実に今、はっきりさせなくてはならない。
「アイナちゃん」
再びアイナと名乗る少女に話しかける。今度は目線が真っ直ぐ合う位置に腰を落として。
「アイナちゃんのお父さんとお母さんはどこにいるの?」
「……いない」
答えは変わらない――か。
「お父さんやお母さん以外で、アイナちゃんと住んでた人はいた?
例えば…おばあちゃんとかおじいちゃんとか」
「……いない」
……最後の質問だ。
「アイナちゃんのお家はどこかな?」
「……ない」
これも答えが変わらない。やはり現在両親も身寄りもおらず、住む家が無いようだ。
あり得るのか?そんな事――と、どうしてもそう考えてしまうが、僕に嘘をつくメリットも思いつかない。
「ふぅ…」
一先ず今夜はこの子を保護して、明日早々に警察に事情を説明しに行こう…
――今年のふたご座流星群は諦めるしか無さそうだ……
「行こうか。アイナちゃん」
アイナの手を取り、僕達は自宅へと歩き出した。
途中目につく全ての星をアイナに説明しながら。
じっと僕を見て、聞いているのかどうかは分からないが、それでも僕は、星の話をし続けた――。
次の更新予定
毎週 日・土 21:00 予定は変更される可能性があります
Ascension─アセンション─ 赤戸 慧栖磁 @SG61
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Ascension─アセンション─の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます