第27話 賞花の酒宴

 俊豪チンハオの言葉に、小龍シャオロン佩芳ベイファンが顔を見合わせる。

「んだよ」

「いえ、あなたは初日に真っ先に抜け駆けした方だったので」

「お前が言う? 的な」

「うっせぇな!」

 笑いあった後、ふと小龍は真顔になる。

「しかし蓮花様と右丞相様が、ね」

「……」

 俊豪は面白くなさげに口を尖らせた。



 ■□■


「と言うわけでございまして。今更ではありますが、面首たちと親睦を深める意味で、花を眺めながらの宴を開くのはいかがでしょうか。ちょうど月芍薬つきしゃくやくが見頃にございます」

 太監のマーから酒宴の話が出たのは、昼前のことであった。

「酒宴……、酔った勢いで羽目を外す者も出てきそうじゃの。危険じゃ」

「何の危険がございましょう。面首たちは皆一様に、太后陛下を心よりお慕い申し上げております」

「故に暴走する者が出てくることを懸念しておる」

「ほっほっほ」

 馬は朗らかに笑った。

「今朝、面首どもは丞相じょうしょうよりこっぴどく注意を受けておりましてな」

傑倫ジェルンからか」

「はい。皆、神妙な顔をして耳を傾けておりました。ですので、おかしな真似をする者はさすがにおりますまい」

 ならばよいのだが。

控鷹府こうようふを開いてから、陛下はごく一部のものとしか交流しておりませぬ」

 交流と言うより、強引に迫られている気がする。

「昨日は文化史編纂の作業中に、皆に声を掛けて回ったぞ」

「公務中の声掛けと、酒宴の声掛けではまた意味が違いましょう。皆、太后陛下と打ち解けたいと願っております」

「あぁ、わかったわかった」

 こうなると、馬はしつこい。

(一時間ほどでさっさと切り上げ、あとは皆で楽しめと言って帰ろう)




 蓬莱宮ほうらいきゅうの南に位置する一角、月芍薬はまさに満開の時を迎えていた。

 警戒をしながら参加した酒宴ではあるが、やはり目の前の華やかな光景には心が躍る。

蓮花リェンファ様!」

 四方八方から一斉に酒器が差し出される。

(飲めぬわ)

 苦笑いをしながら、つい昔に想いを馳せる。私たちもそうだった。先帝との酒宴の際には、皆それぞれ手に酒器を持ち、肩をぶつけながらお側を奪い合った。目に留まるため、覚えてもらうため、のし上がるため必死だった。

(この者たちは、あの日の私たちと同じか)

「焦るでない、一人ずつ順番に来よ」

 私の言葉に、面首たちは押し合いをやめる。

「順番に行儀よく、じゃ。そら、並べ」

 指で示すと、面首たちは酒器を手にしたまま素直に一列に並んだ。

 先頭の面首が、私の手にした杯へ酒を注ぐ。

「そなたはリー家の、秀英シゥインじゃったな」

「はっ、はい!」

 名を呼ぶと、秀英は嬉しそうに目を輝かせた。

「蓮花様、あの! 私は蓮花様を思いながら詩を作りました。ここで読み上げてよろしいでしょうか?」

「かまわぬ」

 秀英は嬉しそうに懐から巻物を取り出し、読み始める。そして読み終えると期待に満ちた眼差しをこちらへ向けた。

「さすがは李家の者。見事である。それは妾がもらっても良いのか?」

「はいっ、光栄です! どうぞお受け取り下さい」

「うむ。では次の者」

「はいっ!」

 面首たちは一人一人名乗りを上げ、酒を注ぎ、自分がどんな人間であるかを表現する。その懸命さがいじらしく、微笑ましい。皆一様に、私に目を掛けられたいと全身で叫んでいる。


(ふん?)

 やがて現れたのは、佩芳だった。昨日のこともあり気まずいのであろう。私と視線を合わせないようにしている。

「顔を上げよ、佩芳」

「は、いえ、しかし」

「主から目を逸らすなど、失礼ではないか?」

 意地悪く言ってやると、怯えの混じった眼差しをこちらへと向けた。

(これだけ反省しているなら、二度とあんな真似はすまい)

 私は酒杯を突き出す。そこへ佩芳は慣れぬ手つきで注いだ。

「佩芳」

「はっ!」

「昨日そちの書いたものに目を通した。そちの真面目な人柄と積み重ねた努力が、書面に表れておった」

 佩芳がはじかれたように顔を上げる。

「せっかくの才能を汚すような真似をせず、真摯に励めよ」

 私がそう言うと、佩芳はきゅっと眉根に皺を寄せ勢いよく頭を下げた。


 面首の列は進む。二十人から注がれる酒だが、一口ずつである上、話しながらでもあるのでそこまで酔いは回らない。今思うと、佳麗三千人から次々と酒を注がれる先帝は、さぞかし大変であったろう。


「蓮花様、お注ぎいたします」

 次ににこにこと無邪気な笑顔で近づいてきたのは、小龍だった。

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