第14話 無邪気な刺客
皆の反応に気を良くした俊豪の中にも、高揚感が生まれる。
「たとえ実年齢が七十を超えていたとしても、あれだけ可愛けりゃ文句のありようがねぇ。金をいただくどころか、むしろこっちが払ってでもお相手願いたいくらいだ」
目を輝かせる面首たちを前に、俊豪はぶるっと身震いする。その顔は喜色に満ちていた。
「これで蓮花様に気に入られて
面首たちが大いに気勢を上げる様子に、馬は苦々しい思いを抱く。
「今となっては、何のために大金を投じてこ奴らを集めたのやら」
老いた太后に若い男をひっきりなく差し向け、疲れ果てさせ衰弱させるのが馬の役回りだった。はっきり言ってしまえば、この面首たちは太后の暗殺に使う毒であったのだ。しかし当の太后は若い肉体を得て、溌剌と日々を過ごしている。
(それでも色欲に溺れ、それしか考えられぬようになってしまえばいいと願ったが)
節度もわきまえており、昨日など迫って来た面首の一人をあっさりと追い返してしまった。
「表向きの仕事をでっちあげ、控鷹府などとふざけた役所を作る後押しまでしたのに、まるで意味がないではないか」
馬は歯噛みしながら、その場から離れた。
■□■
昼下がり、形だけでも控鷹監を訪れすぐに戻ってこようと考えていた私の耳に、楽し気な笑い声が届いた。侍女たちが、何やらはしゃいでいるようだ。
(なんじゃ?)
耳をすませば、少年のような声も混じっている。
(どういうことじゃ。ここは、後宮。男の使用人などおらぬはずだが)
部屋を出て、声の元へ向かう。そこでは一人の少年を囲むようにして、侍女たちが掃除をしていた。
「騒々しいのぅ」
「あっ、太后陛下! 申し訳ございません!」
慌てた様子で侍女たちは掃除道具を手に壁際へと下がる。囲まれていた少年も、彼女らに倣った。
「そちは……」
何者かと問いかけて理解する。控鷹監の面首に用意した
「面首がここで何をしておる」
「あの、えっと、申し訳ございません」
少年にしか見えぬ面首が頭を下げた。
「太后陛下、あっ、蓮花様を心地よくして差し上げるのが仕事と伺いましたので、蓮花様のお住まいを磨き上げておりました」
曇りなき
「そちは、控鷹監で何を学んだのじゃ」
あそこに集められた男たちは、房中術など男后妃となるための講義を受けたはずだ。
「心地よくして差し上げる、の意味を理解しておらぬのか」
「勿論、存じております。ですが」
面首は無邪気に目を細める。
「心地よいと感じるのはそればかりではないと思いまして。なので、僕の得意な掃除をさせていただきました」
彼の言葉に、思わず頬を緩めてしまう。
(おかしな面首もいたものよ)
「そち、名は何と申す」
「はっ、はい!
名を問うただけにも拘らず小龍は、ぱあっと
(何と言うか、可愛らしい)
孫の
「ここで立ち話もなんじゃ、部屋へ来るが良い。茶でも進ぜよう」
「ありがとうございます!」
私は侍女に茶と菓子を用意するよう言いつけ、きびすを返す。扉に手を掛けた時だった。
「わわっ?!」
背後から小龍の慌てる声と、派手な水音がした。振り返れば、掃除に使った水桶をひっくり返し、中身を頭からかぶったらしい濡れネズミの小龍の姿があった。
「あ……」
目をぱちくりさせた後、小龍は慌ててその場に土下座をする。
「申し訳ございません! 蓮花様の宮殿の廊下を汚してしまうなんて、僕はなんて罪深いことを!」
周りの侍女たちも顔色を変え、慌てて小龍同様にひれ伏す。
「よい、
私は皆を立たせる。
「誰か、小龍に新しい服を一式持て。残りの者は、床を片付けよ。小龍、そちは妾の部屋で着替えるがよい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます