第15話 かつての自分を見るような

 小龍シャオロンを部屋に招き入れると、彼は部屋を汚してはいけないからと言い、濡れそぼったうわぎを脱いだ。

(うっ!)

 薄手のサンズボンだけの姿になった小龍は酷くなまめいていた。それらは濡れて素肌に貼りつき、まだ少年らしさを残した体が透けて見えている。

「小龍、歳はいくつじゃ」

 私は彼から目を逸らしながら問う。

「十八にございます」

「そうか。いや、幼く見えたのでな」

「こちらにお仕えするには、歳が十八以上でなければならないというきまりですから」

 うむ、そうであったな。私が決めたのだから、そこは解っているのだが。

 高めの涼やかな声と言い、華奢な体つきと言い、屈託ない笑顔と言い、どうにも彼を大人の男であると認識しがたい。

「掃除が得意と言っておったな。どこぞで使用人でもしておったのか?」

「実家で腹違いの兄に命じられ、使用人のようなことはしておりました」

(庶子か。よくある話ではある)

 しかしなんとも落ち着かない。小龍を見ていると、なぜかそわそわと尻の座らぬ思いがする。まだ大人になり切れぬ、少年のような肢体を見てしまったゆえの罪悪感だろうか。

(いや、違う。これは、あれじゃ!)


 自身のかつての姿を連想してしまうのだ。

 ツォン賢妃さまについて初めて先帝にお目にかかった際、私はわざと足を滑らせ池へと落ちた。そして濡れて透けた体を先帝へと見せつけ、心を掴んだのだ。

(小龍の今の姿は、あの頃の私じゃ……)

蓮花リェンファ様?」

 無邪気に微笑みながら、小龍は不思議そうに小首をかしげる。知らぬげに振舞ってはいるが、私の視線をたっぷり意識した仕草にどうしても見えてしまう。そのすべてに、あの日自分の中にあった稚拙な計算が感じられ、いたたまれなくなった。

(私の若気の至りが具現化して、目の前にある……!)

「遅いのぅ、着替えはまだか」

 私は小龍から視線を外し、扉を見る。しかし小龍は、にこやかに視界に回り込んできた。

(わざとじゃな)

 無垢を装っている分、あざとい。


 考えてみれば、彼も選ばれてここへ来た人間。十二分に整った顔立ちである。先ほど侍女たちは、頬を染め目を輝かせて彼を取り囲んでいた。それが、普通の反応であろう。しかもそんな美青年が、濡れて透けた肢体を晒しているのだから、本来であれば私の中に情欲の一つも湧いてこようものだろうが……。

(無理じゃ)

 どうしても、彼の雰囲気は孫の暁明シァミンのものと重なってしまう。孫に対してみだりがましい気持ちはさすがに湧かぬ。若返りのため、男の陽の気を受けようとした私ではあるが、小龍に対してはどうにも食指が動かぬのだ。

(若い頃であれば、胸弾ませたであろうが……)

 思い返せば、才人であった頃はこんな顔立ちの男が理想であったように思う。面首を集める際、宦官たちは私の好みに合わせた者を選んだらしいが。

(誰じゃ、当時の私の好みの顔立ちを探り当てた宦官は)

 それにしても、かつて私が小龍と同じ手を使った際、正帝は見事に。そして私は寵を受け、貴妃の位を賜ることとなったのだが……。

(あの頃の私は、今の小龍とほぼ同じ年齢よの)

 当時三十だった先帝の目に、私は幼く拙く映らなかったのだろうか……。


 ようやく侍女が、小龍の着替えを手に部屋へ入って来た。

「風邪を引く、さっさと着替えてしまえ」

 私は小龍から顔を背け、侍女に着替えを手伝うよう促す。侍女を退出させれば、小龍が着替えと称して衫や褲を脱ぎ捨て、あられもない姿で無邪気を装って迫ってくると予測したのだ。

(かつて同じ手を使った私なら、そうする)

 だが、小龍はあっさりと着替えを終えてしまった。

「ごめんね。僕がそそっかしいから、余計なお仕事を増やしちゃって」

「いえ……」

 頬を染めてうっとりと見上げる侍女へ、ニコニコと微笑んでいる。

(ん?)

 やや拍子抜けしたが、これで自分の若気の至りの具現化と向き合う気まずさから解放されると安堵した。


 着替え終わった小龍へ、部屋から退出するよう言おうとしたところへ、別の侍女が茶と菓子を携えて入室してきた。

(そうじゃった)

 小龍が水を被った一件で頭から抜け落ちていたが、私は彼を茶に誘ったのであった。

(仕方ない。茶の一杯分くらいは、共に過ごしてやるか)

 立ち上る湯気に、小龍は頬を上気させる。

「わぁ、いい香り」

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