第12話 これ以上若返るわけには……

「悠宗。入るぞ。良いか?」

 息子に今の姿を知らせておかねばなるまいと、私は黄麒宮おうききゅうを訪れた。

 前回は三十代の姿でも、呼吸困難に陥るほどの衝撃を与えてしまった。ゆえに今回は前もって、現状を伝えておいたのだが。

「本当に入るぞ? 心の準備は出来たか?」

 体の弱い皇帝に何かあっては困る。私は衝立の陰に身を潜め、しつこいほど念を押した。

「母上……」

 架子床ベッドから、か細く震える声がする。

「十代の姿となってしまったと言うお話は、まことでしょうか?」

「真じゃ」

「……」

 微かに息を飲む音。そして数回、呼吸を整える音が続く。やがて「どうぞお入りください」と聞こえて来た。

悠宗ゆうそう

 私はそっと顔をのぞかせる。そして衝立の陰から息子の架子床へ向け、歩を進めた。

「母う……」

 大きく見開かれた息子の目は、私が近付くに合わせぐりんと天を向き、そのまま体を傾がせた。

天佑チンヨウ!」

 思わず幼名を叫び、私は駆け寄る。それよりも早く、ジァン淑妃が悠宗の体を抱きとめた。

「ぶ、無事であろうか、我が息子は」

「……え、えぇ。恐らく」

 江淑妃はすぐに侍女へ薬湯を持ってくるよう指示を出す。ゆっくりと布団へ横たわらせ、その口へひと匙ずつ薬湯を流し込んだ。


 やがて悠宗がそっと瞼を開く。胸を押さえ、呼吸を整えながら。皇帝のまばたきを確認し、私たちはほっと胸をなでおろした。

「は、母上、でありましょうか……」

「うむ」

 悠宗は、あえて私を視界に入れないようにしているようだ。

「これも、女道士の術のせいでございますか?」

「……うむ」

 さすがに、傑倫ジェルンの陽の気を受けたためとは言い難い。

「ならば、これからもどんどんと若返っていかれるということでしょうか?」

「いや、そこは心配いらぬ」

「なぜ言い切れるのですか? 女道士の術でそのようなお姿になられたのでしょう? ならば今後も、どんどんと逆行していく可能性があるではございませんか」

「それはそうじゃが……、き、効き目は三日と言われておってな。もうこれ以上は変化せぬ」

 悠宗はフーッと息をつくと、恐る恐る横目でこちらを見た。

「……見間違いではない。今の母上は、我が息子暁明シァミンの姉にしか見えぬ」

「はは……」

 もう一度陽の気を受ければ、九歳になってしまうなどとはとても言えぬ。それこそ、息子にとどめを刺してしまうやもしれぬ。

(絶対に、これ以上若返るわけにはいかぬな……)


 面首たちにうっかりほだされることのないよう、気を引き締めた時だった。パタパタと軽い足音が聞こえて来て、孫の暁明が太監のフオと共に姿を現わした。

「おばあ様!」

 暁明は満面の笑顔で私へ飛びついてくる。

「今日もとても綺麗」

(綺麗で済む話ではないぞ)

 褒められた喜びより、無邪気すぎる孫への心配が先に立つ。

「暁明、なぜわらわがおばあ様だと分かったのじゃ?」

「? おばあ様は、おばあ様だから」

「今日は、いつもの衣を着ておらぬぞ」

 私の言葉に、暁明はぱっと目を輝かす。

「本当だ! 初めて見るお着物! 綺麗!」

 先日、衣が同じだからわかったと言っていたが、今日はそこではなかったのか。

「あっ、お香だ!」

「香?」

「おばあ様がいつも使っておられるお香の匂いがする」

「……そうか」

 言われてみれば私の使っている香は、私のためだけに調合させた特別なものだった。

(しかし、先日は衣で判別したと言い、今日は匂いで判別したと言うのか)

 それでは、それらを纏った別人を私だと勘違いする可能性もある。

(この子は大丈夫であろうか。守る人間がいなくなれば、すぐに騙され利用されていまうのではなかろうか……)

 やはり私が長生きして、この子を守らねばならない。そう思い、ぐっと拳を固めた時だった。

(うん?)

 柱の陰で、何かが揺らめいている。視線を下へずらせば、磨き上げられた床に二人の太監の姿が映りこんでいた。

(霍とマー?)


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