第9話 第三の道

 そして迎えた『控鷹監こうようかん』開きの時。

 私は思い入れのある牡丹紅ホンリェンホイの衣を纏い、両腕にかけた軽やかな純白の被帛ひはくを背にひらめかせる。高く結い上げた艶やかな髪には、金梳きんそ金簪きんしん金笄きんけいで華やかに彩らせた。額には薄紅色の花鈿が鮮やかに咲いている。そのどれもこれもが、今の私にとてもよく似合っていた。


 それらを見せつけるように、玉座に向かってゆっくりと歩を進める私へ注がれる、甘い視線と切ない吐息。

(ほほ、気分が良い)

 一度失ったからこそ実感する、若さと言う装い。それが価値の全てではないが、二度と手に戻らぬと思っていたものを、今再び心行くまで堪能できるのはやはり楽しい。

 玉座に腰を下ろした瞬間に漏れた戸惑いの声も心地よい。

 太后であると名乗った時のどよめきもたまらぬ。

(そうであろう。今の私は皇帝の生母には見えまいて)

 私の中に残っていた乙女心は、どうしても今の状況に喜びを覚えてしまう。


(しかし、浮かれてばかりもおられぬが、な……)


 既に目的の体を手に入れてしまった以上、陽の気を捧げさせる目的で集めた彼らは、もはや私にとって不要の存在。それどころか万が一間違いがあれば、我が身にとっての害にすらなる。私は子どもの体になるわけにはいかぬのだから。

 とはいえ役所を新たに設け、若者を集めて様々な訓練まで行った以上、すぐにはなかったことにも出来ぬ。

(面首たちとはしばしそれらしく過ごし、その後に適当な報酬を与え帰ってもらうとしよう)


 傑倫が面首としての心構えを改めて弁じている間、私はそっと彼らの品定めをすることにした。

(うむ、さすがよの)

 先帝の魂を慰めつつ静かに余生を送っている太后が、面首あいじんを大々的に募集することなど許されぬ。だから、彼らは官吏たちによって密かに選別され集められた者たちだ。身分に関係なく私の好みを的確にとらえた、いずれも劣らぬ美男子たちである。そして彼らからは一様に気合が伝わって来た。

(そうであろうな)


 宮廷における出世の手段はいくつかある。

 一つ目は科挙だ。だがこれはかなりの狭き門で、相当な秀才でも中央の官吏に採用されるまでは何年、あるいは何十年もかかると聞く。


 科挙での合格が絶望的だと悟った者が次に何を目指すか。宦官である。男としての誇りを自ら望んで切り落とすと言う屈辱的な手段が必要ではあるが、男子禁制の後宮に山ほどある仕事にありつくことが出来るようになる。仕えた后妃が皇帝の目に留まれば出世に繋がり、皇帝や皇后の相談役として重用されることも夢ではない。しかし、やはり切り落とした後に自らの決断を悔やむ者は少なくないようだ。


 そこへ今回の、太后付きの面首として採用と言う、もう一つの道だ。科挙のように学力は必要ない。宦官のように、自らの一部を切り落とす必要もない。

 褥の相手をするだけで高給取りになれるというので、打診を受けた者はほぼ全員この話に一も二もなく飛びついたそうだ。

 とはいえ彼らが相手するのはその辺にいる女ではない。皇帝の母親であるこの私だ。容姿、気性などを考慮した上で慎重に話を進めたと、傑倫から前もって説明があった。

 愛し合う相手と引き離したり、嫌がる者を無理やり引きずってきたなどということはないらしい。


(それだけ絞っても、これほどの者たちが集うか)

 広間に居並ぶ二十人の美男子たち。

 私はこの中から気の向くままに誰かを選び、側に呼んでも構わないのだ。彼らはそのために集められ、育成された男たちなのだから。

(後宮三千人の花々を気まぐれに散らした歴代の皇帝もこのような心持であったか)

 そら恐ろしいような気持ちと、優越感がないまぜとなる。

 後宮入りして以来、皇帝以外の男に胸弾ませることを禁じられていた身としては、正直なところ高揚する気持ちが押さえきれなかった。

(勘違いしてはならぬぞ、蓮花。私が彼の者らをここへ集めたは、陽の気をこの身に巡らせるためじゃった。孫の暁明シァミンを守る体を得るために。そして、それが叶った今となっては、面首どもをしとねに呼ぶことなどもはや必要なし。と言うか、呼んでしまわば大変なことになろうぞ。決して浮ついた色恋沙汰に飲まれてはならぬ。最後の砦は必ず守り切れ)


 考えてみれば、己が血統を絶やさぬために美姫たちを抱いた皇帝と、孫を守る強靭な体を得るため男たちに抱かれようとした私。動機は大して変わらぬのやもしれぬ。

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