第13話 情熱的桃色の旅人はジパングから

【現 世】


ドゥルセの風が女性のピンク色の毛先を優しく撫でる。

まるで来訪者を受け入れたかのように。


『ここがドゥルセね、辿り着くまで3年もかかった…』


船から降り、港で作業する男性に声をかけた。


『すみません、冒険家のシャルロットさんの家に行きたいのですが』


『あー、彼女は3年前に事故で亡くなりましたけど…何か御用ですか』


『はい存じ上げております、以前ジパングにある私の店にいらっしゃったことがありましてね、亡くなったと言う新聞記事を目にしまして、お線香をあげたいと…』


『お線香をあげる…とはなんですか?』


『ジパングでは仏教において、仏様にお線香をあげる行為は、香りを通して仏様となった故人と交流することを意味するのですが…えっと…故人をしのぶ儀式的なものと言えばお分かりいただけますでしょうか。』


『あ、似たような儀式がドゥルセにもあります、わかりました、そう言う事でしたら』


作業員の男は身振り手振りを添えて、丁寧にジェノワーズ家の場所を教えてくれた。

お礼を述べて歩き出すが、ジパングにあるタクシーが1台も見当たらない。

周囲を見渡すと車の存在が殆どなく、その代わりなのか馬車が数台目に入った。

1台の馬車の御者ぎょしゃに声をかけてみるピンク色の毛先の女性。


『すみませんお尋ねします、シャルロット・ジェノワーズさんの家に行きたいのですが、初めて来たものですから交通手段がわからなくて…もしやこの馬車は…』


『いらっしゃい!乗んな!』


『え?あ、はい』


車で言えばオープンカーの馬車に乗り込むと、無骨な木を重ね重ね組み立てたベンチのような椅子と思しき段差に腰かけた。


『馬車の後ろのドクロ、いいでしょ?私が作ったんだよ』


御者の女性は子供の様なドヤ顔で振り向いた。


『は、はい、ええ、見事な銀細工ですね』


『ほー!わかるのか!こいつわ良いお客さん拾っちまったね、この馬車はオペラッタ号で、愛馬の名前はジャック・オッフェンバックだ、よろしくな。』


筋肉隆々とした太い右腕に力こぶを作って拳を握る。

『さぁいらっしゃいませから始めるか、挨拶は人としての基本さね』


『はい、そうですね、よろしくお願いします』


『私はリコリス・タタン、馬車引きの元海賊さ、煽り馬車なんかが居たら全部ぶっ飛ばしてやるから安心しな、で?あんたシャルロットのなんなんだ?理由次第では降りてもらうよ』


『あ、いえ、随分前にジパングでお会いしまして、亡くなったと知ってジパング式で偲びたいと思いましてやってきました、売り上げなんか微々たるお店ですから交通費捻出するのに3年もかかってしまいまして、お恥ずかしい話ですが』


『恥ずかしい事なんかないさね、そういう事なら連れてくよ、ただ海賊だったから知ってるんだが、ジパングにあるブッツダンとか言うものがないのさ、だから2人が眠ってるセメタリ―に連れてってやるよ、そこで儀式だかなんだか知らねーがやりな』


『ブッツダン?あ、仏壇ですね、お手数かけます、ではそちらにお願いします』


『あいよ!捕まってな!腰の骨が粉々になるよ!』


軽く鞭を入れると馬が走り出した、木でできた車輪は舗装されていない道路の衝撃を余すことなくピンクの毛先の女性の腰に伝える。

けれど旅先での馬車はとても風情を感じ、頬にダイレクトに当たる風を楽しく思えた。


街を離れて丘を登ると、そこにあったのはとても綺麗に清掃された墓地だった。

短く均等に刈り取られた美しい緑色の芝生の海に一定の感覚で真っ白な十字架が雄々しくも整然と立ち並ぶ。


墓地の名は『バクラヴァ・セメタリ―』

風が吹く日が多いドゥルセの丘の上にあるので、ほぼ1年中爽やかな風が吹き抜ける。夜はライトアップされるので墓地独特の怖さが無いのが特徴だ。その電力を補っているのが、クグロフ・ジェノワーズが手掛けた、墓地の横に建つ大きな風車だ。


『着いたぜ、降りな、案内するよ』


『はい、ありがとうございます』


『いい場所だろ、死んでからも毎日この街全部見下ろせるなんて最高さね』


『ええ、凄く素敵ですね』


暫く歩くと、バクラヴァ・セメタリ―の敷地内でも一番小高い場所にその十字架が2つ並んで建っていた。その十字架には「アンブロシア国に偉大なる功績を残したドゥルセの英雄」と掘り込まれている、その下にシャルロットとクグロフの名前が刻まれ、ピンク色の毛先の女性はその文字を指でなぞりながら涙した。


『オシェンコウだっけ?あげるなら十字架の根元にある金属の器を使いな』


『はい』


『いい香りがするね、2人も喜ぶだろうよ、さ、折角だから家を見てから帰りな、なんだったらウチ泊ってもいいしな』


『あ、いえいえ、ありがとうございます』


街をあちこち勝手に観光しながらジェノワーズ家を目指すリコリスの行動に少し不安を覚えた。「料金って聞いてないけど…」


『あちこち回ってるけど、あんた、料金気にしてるんじゃないかい?私が元海賊だしね!心中穏やかじゃないだろ?どうなんだい?』


『あ、いや…あまり持ち合わせがないもので、いかほどになりますでしょうか』


『元海賊舐めんじゃないよ、私のダチを訪ねて来たあんたから金なんか取ったら、あの2人に呪われちまうよ、わははは』


『いやそんなわけには』


『しばき倒される前に黙りな!』


『はい』


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馬車をジェノワーズ家の数軒前で止めたリコリスは、後ろを振り向いて神妙な面持ちでピンクの毛先の女性に話し始める。

『あのな…』


クグロフとシャルロットが居なくなってからビスコッティ一家が乗り込んできて、オランジェットとクラフティが酷い目にあっている事、自分達がジェノワーズ家の元家政婦と一緒に隠れて食事の支援をもう3年も続けている事などを話し、自分はジェノワーズ家の前に近づけないと言う事を伝えた。


『そうでしたか、お子さんたち、お辛いですね』


『ああ、でもあいつらは強い子だ、絶対負けないと信じているんだ私たちは、今は手を出すことが出来ないのが歯がゆいけどな、きっとあいつらには明るい未来が来るさね、いや、来ないとダメさね!』


『私もそう思います、私は誰にも知られていないので家の前に行っても良いですよね』


『あぁ、ここで待ってる、行ってこい』


ジェノワーズ家の大きな屋敷の前をゆっくりと、立ち止まらずに歩くピンクの毛先の女性。家には人の気配を感じなかったけれど、ひとつだけ気にかかる事があった、家で言うところの屋根裏に当たるであろう部屋がオレンジ色にぼんやりと明るいのだ。それは壁の向こうの光が透けて見えているような感覚だった。


『この光…いや、灯り…』


馬車に駆け寄ったピンクの毛先の女性は慌てて馬車に乗り込み、リコリスに叩きつけるように『船着き場へ飛ばして!』と叫んだ。


『え?おいおいどうした、何があった!』


『いいから出して!』


『なんだかわからないけどわかったぜ!捕まってな!!!!飛ばすよ!!!』


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