裏世界・無法者の森編

第14話 巨大な森は闇色と共に

【無法者の森】


その昔は神の領域として崇められていた森だが、いつしか悪党が身を隠し、住み着くようになってからは、森を抜ける者が襲われるようになった。

その悪党は手を組み、長の名前の一部を取って【メガチップス】と名乗った。


長の名はプラガ・メガチップス。

ここでは知らぬものが居ない大悪党だが、それも昔の話で今はすっかり隠居。だがその威厳は守られており、下の者はプラガには逆らわない。

統率の取れた悪党組織と言ったところだ。

その昔に交わされた条約により、メレンゲ族だけはこの森を抜けることができた。


ただし、森の中に一ヶ所だけ禁足地と呼ばれる『音のない場所』がある。

そこはメガチップスとメレンゲ族の条約関係なしに足音のしないメレンゲ族しか通る事が出来ない。禁足地は結界が張られており、その中の木々は意思を持ち、立ち入る者を容赦なく引き裂いて血を吸うと言われている危険な場所である。


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『大丈夫かぁガキども!』


ボンボローニが大きな声でオランジェットとクラフティに声をかけた。

速い割には揺れが少なく、その小気味の良いリズム感は脳内をアルファー波で満たし、眠りへといざなっていた。

見たところ木でできた車輪のはずなのだが、不思議なことに音がしなかった。


辺りが暗くなり始め、眼前に大きいと言うより、遥かに巨大な森が迫って来た。

その姿はまるで緑色の城壁だ、でかい、あまりにでかすぎる。


『ん…わ、うわぁ~…』

目を覚ましたオランジェットは、ボンボローニの背中越しに見える巨大過ぎる森に圧倒されて、思わず声が出た。


『おお、起きたか坊主!どうだ!でかいだろぉ!』


『森ですか?ボンさんの声がですか?』


『森だ森!森に入る前にカヴァルッチに飯を喰わすから止まるぞ!』


『はい』


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ここからが森ですので準備してくださいと言わんばかりの広場で猫車びょうしゃが止まった、ボンボローニが音も無く猫車の後ろに移動すると猫車の後ろの扉を開けた。車体をパンパンと叩き、顔を出したオランジェットに下りるように手招きで合図した。


目を覚ましたクラフティと一緒に猫車を下りてボンボローニの側に行くと、ボンボローニが大人の拳くらいのペレットをオランジェットに渡した。

『このペッツをカヴァルッチに喰わしてやってくれ』


『え?僕が?あんな大きな猫に…』


『私がやる!お兄ちゃんそれちょうだい!』


『それじゃぁ僕が怖いから妹にやらせるダメ兄貴みたいじゃないか!』


『違うの?』


『ち…ちがうぞ!』


『じゃぁやってよ』


ペッツと呼ばれるペレットを持ってカヴァルッチにゆっくりと近づき、これ以上は無理、直ぐに逃げられる距離がここと言わんばかりの位置から身体をめいっぱい伸ばしてカヴァルッチの口元にペレットをちらつかせると、カヴァルッチは優しく毛糸で編んだような舌でペレットを絡み取ると、カリカリと音を立てて食べた。


『ほら!僕がやったんだぞ!』


『お兄ちゃん凄いね!私もやりたい!』


『お嬢ちゃん、ホラ、食べさせてやってくれ』


ボンボローニに渡されたペレットをカヴァルッチに渡すと、食べている側にそっと近づいて、頬の毛をサラサラと撫でた。


『モフモフして可愛い』


『ぶにゃぁ』


『ガキども、少し待ってくれな、お前らも飯食って直ぐは走れねぇだろ?吐いちまうもんな、こいつもそうなんだよ、わりぃな』


『はい、もちろんです』


カヴァルッチの回復を待つ間、シャルロットの日記で無法者の森の事を調べた。

『無法者の森って怖い場所なんだね、お兄ちゃん』


『うん、でも抜けなきゃ帰れないんだ、きっとボンさんとカヴァルッチが抜けてくれるさ、信じよう』


『うん、お兄ちゃん、お母さんの日記に名前つけない?』


『たとえば?』


『ニッキー!』


『なにそれ、ペットか何かみたいじゃん』


『うん、この日記は生きて私たちと一緒に旅をする仲間だから』


『よし、決まりだね、ニッキー、これから頼むぜ』


『よっこいしょ…おめぇらも飯にしろ、明日の朝まで走るんだからよ』


猫車から折り畳みのテーブルとイスを出して組み立てると、果物やパン、そして飲み物を用意してくれた。


『座れ!ほら!ほどこしは素直に受けるもんだ、さぁ喰えガキども』


『わぁ!いただきます!』


オランジェットとクラフティは満面の笑みで食事をする、猫のお面をちょっとだけ上げて。クロワッサンによく似たパンは表面がカリカリで中がしっとり、マンゴーによく似たオレンジ色の果物は甘さの中に爽やかな酸味があった、飲み物は透明な水に見えるが飲むとレモンの味がした。


『ボンさん、凄く美味しい!ありがとう』


『ボンさんありがとう、こんなにたくさん私たちの為に』


『うるせぇ、ガキが大人に気を遣うんじゃねぇ、ガキはガキらしくウメェウメェって喰えばいいんだ、大人はその顔を見て幸せ気分になるってもんだ、現世でもそうだろ?』


『え?現世???知ってたんですか?私たちが人間だって事…』


『あぁ、俺たちは鼻がいいからな、お面で隠したって臭いでわかるさ、喰えば美味いのも知ってるぜ』


『じゃぁなんで僕たちを食べなかったんですか?…なんで食べずにボンさんは助けてくれるんですか』


『馬鹿野郎どもが、命を懸けて来たガキをほっとけるほど落ちぶれちゃいねぇよ、この世界に来る方法は知ってる、命を燃やしてるんだろ?どっちが燃やしたかしらねぇけどよ』


『あの…現世から人っていっぱい来たんですか?』


『来ねぇよ、来る方法なんかそうそうわかりゃしねぇ、ランプは数個しか現世にはないからな、ランプに火を灯してここから帰れなけりゃ現世のランプはそのままさ、帰れたらこっちの世界から持って行ったランプが現世に増える、帰るための帰還のランプを持ち帰ってもこの世界にはこれねぇがな、ガラクタが増えるだけよ』


『ややこしくてよくわからないけど、そもそも現世にランプはいくつかあるんですね…』


グイッと酒を飲んで一息つくと、ランプについての説明をし始めるボンボローニ。


『あのな、現世では呪術師が使うものだったらしいのよ、師匠が死んだらその亡骸の一部を粉にして塗料として使い、弟子が新たなランプを作るって聞いたことがあるぜ』


『じゃぁたくさんあるんじゃ…』


『いや、作る事が出来た呪術師は1人で、現段階では3代目らしいから単純に考えるとオリジナルは3つ、だが2代目は海難事故でランプと共に沈んだ、となれば3代目はランプを作れないよな、つまり現世でのランプ作りの儀式は終わってるってことよ、4代目が出来て3代目が死ぬまではな。えーっとだから、この世界から持ち帰ったものが1つで、初代のランプと2代目のランプ合わせて現世には3つある事になるな、多分だけど。だから使えるランプは2つしかねぇんだ』


『あ…あぁ…ややこしい…』

『初代はどうやってつくったのかな?』


『そりゃわからねぇ、初代の母親の骨を使ったらしいけどな、たぶん母親ッてのも呪術師だったんだろう、知らねーけどな』


『じゃあ初代は母親では?』


『初代はその娘さ、母親は呪術師と名乗ってねぇんだ、まぁ能力はあるが人の為には使ってなかったとかそんなんだろ』


『裏世界に行ける事が知れ渡ったらどんどん来る人が増えるんじゃないですか?』


『それはねぇよ、亡き人の記憶の本が欲しいなんて人間なんてそうそういねぇよ、ましてや死んだ人の為に自分の命を燃やすなんていやしねぇ、自分可愛いもんな、人間なんてそんなもんだろ。』


『命を燃やすとは知らずに灯したんです…』


『はぁ?そうなのか?そんな小さいのになぁ、ますます帰してやりてぇじゃねぇかよ、でももう少し待ってくれな、カヴァルッチが今仮眠してるからよ、こうして体力をチャージしてるんだ、気が気じゃねぇだろうけどそこら辺は頼むぜ』


『はい、乗せてもらうので文句はないです』

『ないです』


『よくできたガキどもだな、俺は気に入っちまったぜ』


『あの…じゅじゅちゅ…じゅじゅちゅし…呪術師の人達はどうしてランプを作るんですか…』


『そう思うよな、聞いた話だとその呪術師一族の初代がこの世界で生きてるって話しだぜ』


『あ、じゃぁ現世の呪術師は、こっちの世界に残った呪術師と交信するために…ランプを…』


『あぁ、初代がお告げでもするだろ、呪術師はこの世界で生きている、だからランプを灯して初代を強く思ってもこっちに来られなかったってことかな、で、それがなんらかの形で一般人の手に渡ったりしたんだろうな、なんだか知らねぇけど現世ではコンピーターとかってやつで何でも調べられるんだろう?だからこっちへ来る方法もわかっちまうって事だろうな』


『ええ、現世はそういう世の中ですから…』


『古き良きモノってもんもあるってのにな、なんでもかんでも解明すりゃぁいいってもんじゃねぇと俺は思うぜ、そっとしておいてほしいモノもあるってもんよな、そうだろ?ガキども』


『はい』『はい』


ぶにゃぁああああああ


『おっと、カヴァルッチが起きたようだ、じゃぁ行くかガキども!マスクちゃんとしとけよ、森にズタズタにされんぞ!乗れ!』


『はい!』『はい!』








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